EMIRI MOROKA -HEART MATRIX-

師岡絵美里のブログです♪


2019年9月29日日曜日

質問・相談コーナー「甘いものを食べすぎてしまう」


生徒さんからの質問・相談コーナー


Q:甘いものを食べすぎてしまうのをやめるにはどうしたらいいですか。

はい。



<肉体的アドバイス>

身体的なこととして。

実は甘いものじゃなくて、塩分、ミネラルが不足しているという可能性があるかもしれないですよ。甘いものが食べたくなったらまず水を飲んで、そしてちょっとしょっぱいものを(たくさんじゃなくね)つまんでみるといいかもしれないです。


甘いものを食べるにしても「ちょっとにしておく」ことができるといいですよね。一袋開けちゃう、とかじゃなくw


そんな時に思い出してほしいのは、脳に酸素を送ること。脳の酸欠や血液不足をごまかしたいために甘いものがほしくなっている可能性あり。
知っているものでいいので呼吸法を5分やって新たな酸素を送り込んでください。

甘いものは悪じゃない。摂りすぎは体に良くないことと、その依存性の高さにやられてしまうのが問題なのですな。







<心理的アドバイス>

壮大な視野に持ち込む作戦、あるいは懐柔は蜜よりも甘し。



「甘いものを食べる」という習慣ではなく、「甘いものが食べたいと思うこと(欲しがること)」が習慣になっているケースが多いと思うのです。食べちゃう理由ってこれが一番のような気がします。

気持ちの癖、ですね。


甘いものを買いそうになったり、見てしまった時に、

「あ、要らないものだ」

と最初は無理やりにでも思ってみてください(笑)。

どん〜〜どん、大げさに考えるといいです。


「あ、要らないものだ」


「あ、要らないものがこんなにもたくさん並んでいる」


「あ、要らないものなんだけど、さも要るように広告されている」


「あ!要らないものなのに、こんなにも人は手にとっていく」


「パッケージの写真を見ただけで、味覚が反応し脳内の分泌に変化が起こるという感覚的な体験はもうすでに始まっているのだ・・・だから手にとってしまうのだ・・・」


「むうううう・・・要らないものを要るを思わせている権力が、この世界にはたしかにある・・・」


「踊らされてはいけない。“甘いもの”は表層に現れたシンボルにすぎない。私たちは人生にさほど必要なく、もっと言えば思考停止に陥って本当に必要なものを見失う麻薬を、必要なものだと思い込まされているのだ。」


「わたしたちは感覚を麻痺させて制御するという支配構造の中にはまっている・・・しかしそのわなに自ら入っていっているのは・・・

わたしたち自身じゃないか・・・!」


「おお!神よ・・・・」




はい。
このくらいいきましょう。習慣に勝つには習慣を圧倒するほどのインパクトが大事です。

アホみたいだけどやってみてください。
お菓子ひとつ買うにも、だんだんと「問題」を抽象化していきます。

なにをおおげさな、と言うだけの人は変わらず習慣と感覚の奴隷でしょう。ばかばかしくてもやってみる人だけに、その人に必要な気づきと変化は与えれます。




と言いつつ私だって完全に甘いものなしじゃないし、美味しく感じることもよくあります。

和菓子系のしっとりした甘さが好きだ!

でもね、ちょっとでいいし、たまにでいいので、甘いものの食べたさにに束縛されている感じはないんですよね。なのでそんな大問題じゃないし、想念の煩わしさはないのです。


甘いものを欲してしまう時、甘いものからの束縛感や、服従してしまう感覚が「苦」なのだと思います。



だったらもうこっちが甘いものを征服してやればいいです。

(極端な発想)



甘いものが目の前にあったら言ってやったらいいですよ。


「なるほど、君はそんなに甘いものなのか。じゃあそのままそこでじっとしていなさい。私は君が甘いという理由だけで食べたりはしないから心配することはない。そこで自由に甘くあれ。いずれ他の人間に必要とされるであろう。」



とかね。もう上から目線ですよ(笑)。

てゆうかこれ、甘いものを服従させるのではなく、自分の思考の操作ですね(笑)。

だいたいのことをユーモアで乗り切る、ということで。あはは。







<真理的アドバイス>

ヨーガの精神性でアドバイスします。



バガヴァッドギーター3章より

「神々の祭祀に捧げないで与えられたものだけを享受するものは盗賊に他ならぬ。

祭祀(祈りとしての行為)の残りものを食べる善人はすべての罪悪から解放される。

しかし自分のためだけに調理する悪人は罪を食べる。」





ここに出てくる「祭祀(さいし)」というのは、神に祈りを捧げる行為のことでありその儀式をさします。



まず自分の家に「祭壇」を作ってください。
祀る神様はご自分の信仰や好きな対象でいいです。

祭壇に「甘いもの」をいったん置きましょう。

世界の中心は自分ではなく、自分は世界そのものの運行に参加していて、それは大いなる存在によって生み出され支えられ、そして肉体と魂の人生は宇宙や地球環境に支えられている、それが自分であることを考えてください。


その他なんでも、自分のことはちょっとおいといて、この世界に祈ってみてください。


そのあとで、祭壇に捧げた「甘いもの」を


「祭祀の残りものをいただく」



という発想で食べてください。

やってみてください。自分の五感を満たそうと貪る気持ちがなくなっていると思います。


ギーターのこの節は、「食べる」ということをその他すべての「行為」の象徴として語っているので、食べることのみを言っているのではありません。


食べるも含めて「行為」が無知(真理から遠ざかる質)に置かれていると、それは罪悪(真理から遠ざかる結果)になります。


祭壇までいかなくても、食べる前に手を合わせて祈ってみてください。外出先でも可能ですね。

五感を満たそうとする欲求から心を引き離した瞬間を少し持つだけでも、貪る気持ちが薄まって、そのあとの行為の質を変えてくれるはずです。



まあね〜〜〜、甘いもの食べるために祈ったり儀式したりwww
だい〜〜ぶおおげさに感じるかもしれないですが、でもそのくらいおおげさにやってみるといいと思いますよ。

ちょっとやそっと気をつけようと思っても、これまでの習慣や味覚の快楽に巻き込まれてしまうようであれば、このくらい非日常的でインパクトのあるおおげささで発想の転換くらいしないと、やっぱり五感って強いので簡単に変えられないと思います。





<まとめ>

「甘いものが好き」と「甘いものを食べるのがやめられない」は別のことですよね。でもなんかいっしょくたになっちゃって「だって好きなんだももももん」とか言ってしまうともう、誰もなんも言えなくなります。後者の方は、ようは「不自由」に困っているのです。感覚に支配されちゃっているので不自由なのです。

そこをよく考えて、いったい何を満たしたいがために感覚を満たすのかを考えてみてください。

なんであれ「癖」に流れるというのは、けっこう不自由なものです。




というわけで、甘いものはおいしい。そこは否定せずでいいと思います。マロンな秋ですね❤️

namaste
 EMIRI

考える事の必要性ー知識は浄化の火ー


オンラインで行っているヨーガ哲学のコースでは、参加者の方に学習と考察のレポートを送っていただいているのですが、そこで多くあがってくるのは「視点」や「物の見方の変化」です。


最初のうちは「自分の心」というものをどう見るか、というところが多いです。悩んでいたことや考えていたことに対して、ヨーガ哲学の観点からの考える材料が入ってくるので、まずはやっぱり自分のことを考えますね。


それはとてもいいことだと思うし大きな恩恵だと思います。ヨーガ哲学が力を発揮できるところのひとつが「個人の心の救済」だとつくづく感じます。


なのですが、もちろん自分のことを考えることも続きながらも、だんだんと「今生きているこの社会って本質的にどうなってるの?」というところにもヨーガ哲学の視点が与えられてきます。これは、よいだけではなく必要なことだと感じます。


ヨーガ哲学の観点が入ると、社会についての見方もそれまでと変わってきて「今まで見えていなかったもの」が見えてきます。


「今まで見えていなかったもの」が見えてくると、またそこで疑問も湧くし、ものによっては葛藤も湧くのですが、それらが湧くというのはいいことで、そこから考えていこうというきっかけになります。


逆の言い方をすると、「当たり前」と思わされ、考えることもなく思考停止し、長いものに巻かれていた人生に気づくんですよね。


これは本当に人生に重要なことで、「これが普通」と片付けたり「当たり前」に迎合し、それにすら気づいていない事は、最終的には危険なんですよね。どんどん歳だけをとって、自分で考えることができなくなります。ないしは既存の考え方のパターンでしか考えられず、今までその考え方でうまくいっていないからこそ悩みや苦悩が消えていないのに、まだその考えを捨てていないという事実にも気づきにくくなります。そうなると文句や嘆きしか言えなくなったり、被害者のような気持ちになっていきます。
長い年月をかけて。


人間はやはり学び続けることが必要で、それは「救済」になると感じます。

ヨーガ哲学でなくてもいいのですが、今まで学んだことがなかったものを学ぶのは、自分のことにせよ世界のことにせよ、見る目線を更新し考える能力を与えてくれます。


ヨーガの経典「バガヴァッドギーター」では「知識は浄化の火」と語ります。本当の知識は思考の汚染を払ってくれる火であり光なんですね。

そんなことを常々、つくづく感じています。


♫共に学びたい方はぜひ講座をチェックしてみてください。





「楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学」
オンラインコース
10月開催がもうすぐ受付終了になります。
最終募集と割引は2019年9月30日(月)24:00まで
詳細はサイトにてご覧ください。



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早割:2019年9月30日(月)24:00まで

2019年8月30日金曜日

ピースな健康(婦人科系の健康診断に行ってスカッと問題なかったの件)



少し前に婦人科系の健康診断を受けて色々検査をしていただいたのですが、その結果が書面で届きました。


なんもまったく問題なしで(笑)、改めてヨーガに感謝した次第であります。



思うに・・・
思い込みも強く、「筋肉伸ばして動かして健康やん!!」とか「ヨーガの呼吸法はすごい効くんだもん!!」と心の底から思っているので、それもいいのかと思います。
信仰で健康。




思考が体や健康状態に多大に影響している、というのはいろいろな側面で感じることなのですが、5年ほど前かな、南インドに行った時に、アシュラムの中にあるアーユルヴェーダセンターで脈診を受けました。
(診断は英語で受けることができまっせ♩インドの現地語話せなくても問題なく受診できます。)



本場での本格的なアーユルヴェーダ診断は初めてだったので、どんなこと言われるかな〜と少しかまえてもいたのですが、女医さんは開口一番に、親指をグッと立て



「So strong.」



と(笑)。


「え? それだけ??w」


というリアクションをしたら、


「あなたはマインドがカファだからすっごい健康なの。思考がピースでしょ。だから体がとても強いの。」


と女医さんに言われました。


ちなみに・・「脈」だけでそれがわかるアーユルヴェーダってすごいですね。。。




カファ(カパ)とは、アーユルヴェーダの観点において「地」と「水」の要素からなる性質で、メンタルがカファというのは、良く出る場合は、落ち着き、愛情深さ、寛大、献身、平和主義、という性質です。


(カファが過剰になると今度は過敏症になったり自己否定に行ったり自責感が強くなりすぎるようです。バランスなんですね。)




マインドがカファ、思考が平和であることが私の体の健康にとって大きな土台になっているんだなあと感動しました。本場のアーユルヴェーダの医師にスカッと言われるとハートにバシッと来ますね〜。
やっぱり気持ちとか思いっていうのが体の状態を決めるんだ、と改めて思ったのでした。




体のことであまり相談するほどの大きな悩みがなかったのですが、せっかくお話をさせてもらえる機会だったので、あえてむりくり相談を絞り出してwww

「手先がけっこう荒れやすかったりするんですけど・・それは・・」とか聞いてみたら、

「ああ、ちょっと菌に反応してるだけ。」とwwwwww
それだけ。

ひねり出してもそんなもんでした。



それから何年か経っていて、その間に人生にもいろいろなことがあり、まったく葛藤も摩擦もない日々だったかというとそうではないし、その間に仕事のいろいろや、考えるべきことが増えたり、わたしなりにいろいろあったのですが、それでもやっぱりマインドが平和主義で基本的に楽天的っていうのが健康にいいのかもしれないです。婦人科系のいろいろな検査を受けて改めて思いました。





しかし〜〜〜、思ったのは、婦人科クリニック、すごーーーーーーーーーく混んでますね!!

平日の午前の早い時間、予約して行っても長く待ちました。
待合室は狭いわけじゃないしたくさんイスがあったのですが、それでも立って待つ人もあふれていました。
妊婦さんの検診もやっているクリニックだったので多いのはわかるのですが、妊娠以外の理由で受診を必要としている人もとても多いのだろうなあと思いました。
みんないろいろ抱えて生きているんだなあ・・って。




病が悪ではないし、不調から学ぶこともあるけれど、なるべく健康がいいです。



女性の体の健康については日々いろいろ考えていて、日々のヨーガのクラスの中に盛り込んでいます。私なりに貢献できる位置にいれて本当に幸せだなあと感じます。




そして・・・

体を動かすのはよいことです。

ほんとに心底そう思います。

みなさんも、自分にあった運動を見つけて体を動かす日々を作ってくださいね!





Namaste
EMIRI




不幸になる条件(こわいタイトルwww)



今日は、すごく唐突ですが「不幸になる近道」を紹介します(笑)。

あはははは

いや、えっと、


もとい、不幸になるものを避けようっていう内容です。

書こうと思ったきっかけは割愛で、前置き長いとあれなので、行きます。



まずおことわりは、これはあくまでも私がこれまでヨーガ哲学の学びを通し、その中にある心理学的な要素をもって人間を考察しながら、自分自身の経験や生徒さんや身近な人など関わる人の体験、そして世間一般の人々の動きなどを、静かな目線で観察しつつ行き着いたところを言っているので、絶対の理論じゃないです。


でも、大きく間違ってないだろうし、そしてかなり再現性はあるだろうと自分なりに観察を積んだものになります。





第一位!

「人のことを コントロールしようとすること」

これやってると、不幸になりますね。

でも、多くの人は、自分を満たしたくて人をコントロールしようとしますね。

動機は自分の幸福感(というかりそめの満足感)が欲しくてやるのですが、人のことをコントロールしようとすればするほど、自分が苦しく、満たされず、(はた目から見ても)不幸な人になっていくと思います。


そして、それやってると、

老ける・・・



ね(笑)



やめましょう。やめたほうがいいよ。

やめると、幸福を感じる気持ちがあがるよ。



と思います。




なんで人をコントロールしようと働いてしまうんでしょうね。



それはごくシンプルな真実を信じられない(信じたくない)からなんだと思います。



幸福、喜び、調和的な状態というのは「尊重」によって創造されるもので、支配によって得るものは孤独と孤立なんですね。



自分が心地よくなりたいから人を支配するという発想は、より深刻な「愛からの断絶」が起こります。


愛に気づけない人間になってしまうし、


誰のことも愛せないし、



そして、老ける・・・・(笑)



だってそうなんですよ本当に。しつこいですが。




年齢の話じゃないです。存在の輝きがなくなるってことです。



それをいちばんインパクトのある言葉で言うと、


老ける



になるのです(笑)


だってそうなんだもん!!




もし、人のことをコントロールしようしようと思ってしまう癖があったら、ないしはこの記事を読んだことで自分の傾向にハッとしたら、まず気づけたことがすごく大きな一歩なので、次に「冷静に」なりましょう。



冷静に。


冷静に考えて

 これは不幸と老化につながる”どこでもドア” だ・・・

と。

どこに行こうとしても不幸につながるドアと言ってもいいかもしれない。



そのドアを開けないで!!


そのドアを出ると、孤独になるよ!!


老けるし!!(しつこい)





「人をコントロールしないと自分は心地よくなれない」という妄想を捨てると、人はやっと本当に「呼吸」ができるようになりますよ。
息も吸えないのに生きてくなんてできないのです。



人のことをコントロールする傾向が強かったかたは、ぜひこれを機に、心を休ませて、自分を愛のもとに送り出してあげてください。




ということです。


唐突でしたが、言いたいことを言ったので今日はこの辺で。



追記:この記事は数日前にメールマガジンで出した内容なのですが、読者さんから「第二位以降も書いてほしい」との声がwww
不幸シリーズ(爆)!
書けたら書きます。



Namaste
EMIRI





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<おしらせ>

「まにぱどめヨーガ勉強会」
この勉強会は師岡絵美里による、ヨーガへの敬意と、共に学ぶ皆さんへの信愛を込めた勉強会として開催させていただきます。

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vol,1 「プラーナの神秘とムドラのヨーガ」
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宇宙そしてわたしたちの心身を作る生命エネルギーである「プラーナ」についてを体感的に学びましょう。
実技ではプラーナコントロールのひとつである「ムドラ」というヨーガの手印を紹介し、ハタヨーガのおける脳や神経系への働きかけを学びます。

<内容>
(1)“プラーナ”とは
生命エネルギーである「プラーナ」をヨーガ経典の解説とともにお話します

(2)ムドラヨーガ実践
ムドラというのは「*手印」と呼ばれるヨーガ技法で、手を様々な形にしてプラーナの流れに働きかけるものです。プラーナの流れを整えたり強化する作用があり、身体や意識のあり方によい影響を与える技法です。陰陽それぞれのエネルギーの乱れやアンバランスを整えるヨーガを実践します。ムドラと共に、アーサナ、呼吸法、瞑想という手順で進みます。 


<日程>
2019年月9日16日(月・祝)
受付 13:00~13:15*受付時間内にお越しください
スタート13:20〜終了16:30
<講師>師岡絵美里
<対象>ヨーガの学んでいる方やこれから学びたい方で、ヨーガに敬意を持ち、講師と集まる方々との調和を大事にしてくださる方
<参加費>3000円
<予約方法・定員>
予約制:定員20名
<会場>大田文化の森(JR大森駅)



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vol,2「ヨーガ哲学を学ぶためのインド思想の歴史学」
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ヨーガ哲学を学ぶための大事な基礎知識として、インドの思想の歴史を共に学びたいと思います。みなさんのヨーガの学びを後押しし、もっとヨーガ哲学を理解しやすく自分に役立つものとすることができるでしょう。

<内容>
・古代インドの歴史
  アーリア民族大移動
  バラモン教とヴェーダの成立背景
・インド諸王国勃興と覇権争いの時代
  仏教・ジャイナ教の発生と影響
・バラモン教の衰退と新しい信仰スタイル
・ヨーガ哲学の発展と経典の誕生

<日程>
2019年月9日22(日)
受付 9:00~9:15*受付時間内にお越しください
スタート9:20〜終了12:00
<講師>師岡絵美里
<参加費>3000円
<予約方法・定員>
予約制:定員18名
<会場>Luz大森4階・集会室(小)(JR大森駅)

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詳細とお申し込み
【EMIRI-YOGA HEART MATRIX】
https://www.heartmatrix555.com/home/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%97/%E3%81%BE%E3%81%AB%E3%81%B1%E3%81%A9%E3%82%81%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%BC%9A/

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みなさまのお越しをお待ちしています。
ナマステ

2019年8月24日土曜日

パワーをなにに使うか。今がどういう時か。



経典「ヨーガスートラ」の教えの中の「実践編」というパートでとても重要なコンセプトがあります。

それは「パワー」をどう使うか、ということ。

ヨーガの修行を行うと、仮に身体的なヨーガ(アーサナなどの肉体鍛錬)だけであったとしても、とことん鍛錬を積んでいけば強靭な体と意志力による「何かに変化を与えられる」というパワーが得られます。「神通力」的なやつですね。

(あ、一般的なレベルのヨーガではないので、普通のヨーガクラスに通う程度ではそうならないです、、ご安心をw)


そういった、物理的なことに変化を与えられるようなパワーを得た時に、「おれはこんなに強くなったで〜〜!!この力を好きなように使ってやる〜〜」と、パワーを横暴に使ったり、自分の利益のために力を行使してしまうと、その 人が本来のヨーガの目的からそれるだけではなく、自分の都合だけでパワーと使う利己的な人間を増やしてしまうという危険が伴います。これはマズいわけです。

ですので古代の世界では身体行法のヨーガは極秘中の極秘。

ちゃんと理性が発達し、身体的なヨーガ を練習していい段階まで心が浄化された人だけに伝えられた秘技だったわけです。




いつの時代も「パワー」を持つということは、心のレベルによって善となる場合もあれば悪意を持って働いてしまう場合があるのですね。

現代のヨーガのありかたは、身体的なヨー ガから入ってから精神性の方を高める必要性に気づいていく、という流れが多いかと思います。
修行の順番としては逆なのですが、 体の純化が心の純化につながるので、精神的な学びを軸としてヨーガとする人が増えるのは、何にせよとてもいいことだと思います




パワーについて。 

昨今の世界情勢や日本をめぐる様々な事象を見ていると、この「パワー」の扱いについての根本的なシステムの問題が全世界でせめぎ合って揺らいでいるのを感じます。

政治家や大企業やごく一部の人たちが自分たちの利権のために動いていることで、そこに生きる人々の実際的な生活や心を苦しめているのが実情ですし、もっとまずいのは、利権への固執は地球という環境にも大打撃を与えています。生きる場所さえ危うい人類です。


ですがトップだけが悪かというとそういうことではなく、人々の意識 と行動のレベルの全体をあげる必要があり、現在「さとしへのゆさぶり」が全世界で起きているように見えます。


普通の人々が、 気づき、目覚め、地球の保護と平和に向かってできることに着手すべき時だよ、もうそんなに時間はないよ、と言われているように思います。


ヨーガで得られる身体的な健康と知性の向上が、人を本来の道に戻してくれることを願って、日々小さいながらもできることを、ご縁あって日々お会いできる方と重ねていこうと思っています。

本当に小さいことですが、クラスやワークショップに来てくださった方が自分を純化できる場としてのヨーガクラスを提供していたいな、と思うし、集中講座などを受けてくださっている方にとっても、ただヨーガ哲学を知るに終わらず、よりよく考える力を養えるようにと思っています。

私自身、より具体的にできることを模索しながら。





最後に、見てもらいたい映像があります。高校生の活動家です。
日本でも世界でも、パワーの偏った扱いによって様々な事象が起きていますが、最も深刻なものは、地球の破壊だと思います。


日本にしても、世界にしても、そして個人の人生でも、様々な「どうにかしないといけない問題」があふれているのは確かですが、ちょっと全員一回それらは置いておいて、地球がどうなっているかをみんなで見ることができれば、

「・・・んなこと言ってる場合じゃねえな・・・」


とわかると思う。
もちろん他の問題が軽いわけではなく。



生きる場所が崩壊しようとしていることに目を向けて、自分自身ができることを着手しないといけない瀬戸際なんだけど、多くの人々はまだ、自分の利益にしがみつく。


この無知をどうにかしないかぎり、もう地球には住める土地と吸えるまともな空気と、人体にとって安全に飲める水も食べれるものも、なくなっていきます。


4分ほどでいいので、動画をみつつ、自分のパワーを何に使うべきかを考えてみてほしい。私も含めその必要があることを、みんなで自覚していけたらと本当に思うのです。

パワーを、そして時間を、何に使うか。


グレタ・トゥーンベリさんのスピーチ
https://youtu.be/h-ICELS3NPg






Namaste
EMIRI


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お知らせ

まにぱどめヨーガ勉強会
師岡絵美里による、ヨーガへの敬意と、共に学ぶ皆さんへの信愛を込めたヨーガ勉強会です。



vol,1 「プラーナの神秘とムドラのヨーガ」
 宇宙そしてわたしたちの心身を作る生命エネルギーである「プラーナ」についてを体感的に学びながら、ムドラを使ったヨーガを行います。ムドラというのは手を様々な形にしてプラーナの流れに働きかけるもので、身体や意識のあり方によい影響を与える技法です。

<日程> 2019年月9日16日(月・祝)13:00~16:30 
予約制:参加費3000円  @東京(JR大森駅)


vol,2「ヨーガ哲学を学ぶためのインド思想の歴史学」
ヨーガ哲学を学ぶための大事な基礎知識として、インドの思想の歴史を共に学びたいと思います。みなさんのヨーガの学びを後押し し、もっとヨーガ哲学を理解しやすく、自分の役立つものとすることができるでしょう。 
<日程>2019年月9日22(日)9:00~12:00 
予約制:参加費3000円 @東京(JR大森駅)


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オンラインヨーガ講座・哲学コース
「楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学」

このコースはヨーガ哲学をはじめて学ぶ方のための入門コースです。これからヨーガ哲学を学びたい方、すこし知っているけど本格 的に学んだことがない方向けの内容となっています。
講義はすべて【動画】での解説になりますので、ご都合のいい時間に取り組ん でいただけます。

募集中:2019年9月1日からのコース(現在オープン割引にて募集中)詳しくはサイトを御覧ください。

◆上記のワークショップ・講座の詳細は
【EMIRI- YOGA HEART MATRIX】 

2019年7月29日月曜日

ヨーガ哲学の歴史から自分を知ること

前回の内容の、やや続きです。(ややw)




インドの思想の歴史をみてみますと、もちろんなんですが思想の変化というのはそれだけが単独で起こるわけではなく、その時代ごとの人々の実生活の変化によって起こってきます。

インドでのそれは、紀元前1500年頃からの流れですと以下のようなかんじです。超ざっくりですが。



アーリア民族大移動時代
遊牧と侵略。豊かな地を求めてインドへ。
アーリア人の古来からの信仰をベースに、厳しい自然環境を生き抜くための信仰や思想を持つ。



ガンジス川周辺地帯への定住と農耕社会の発達
定住するその地域での社会の支配体型が必要になる。人々の関心事である「豊穣」や「安定」を司る神格の存在を認め、その神々への賛美と礼拝の思想が中心となる。アーリア人によるバラモン教支配体制のスタート。カーストができる。



・都市国家社会の発達
それまでの農耕による集落社会から、人口の増加や鉄器の製造など工業の発達が進み、儀式や礼拝中心の信仰以上に、都市型生活を支えうる思想が必要になってくる。カースト社会の生活での苦や、個人の悩みを解放するような教えに人々が関心を持つ。



・哲学的賢人の台頭
思想(信仰)による全体の支配を疑問視する動き、または思想をより普遍的な真理へと昇華させるムーブメントが起こる。
人が生きることの真の意味や人間の本質について、哲学的探求が盛んになる。







ざっくりですがこんな感じです。

(もっと細かく詳しいことは集中講座
で説明しています。ご興味あればぜひご参加ください。)






日本でも、代表的な例で言いますと、太平洋戦争の前と後では思想に大きな変化をよぎなくされた。

それまで「神」であり国の指揮者であった天皇は「人」になり、そして政治的な権限を持たない象徴になったことは、それまでの思想を当たり前に信じていた人々にとって大きすぎる変化であったでしょうし、同時に産業化、近代化を猛スピードで進めていく世の中では、以前のままの思想ではいられなくなるのは当然です。


それでも残る根本的な民族的気質というのも当然残しながらも、やはり人々の全体を覆っている社会の思想、価値観から雰囲気まで、変わらざるをえない時というのがありますね。






インドの古代の思想史というのも同じで、長い年月の中での人々の実生活の変化が、思想の変化を生みます。


現代における思想のシフトと、古代のそれというのには違いがあり、それは「時間のかけかた」です。古代の思想は、長い時間をかけてじっくりと変化し完成していった「熟成」を持っています。



そして思想の熟成の中で、「哲学」が起こります。



「思想」と「哲学」はよくいっしょくたにされがちなんですが、これは別のもので、詳しくはまた別の回でお話しようと思います。


今語りたいのは、「時
の洗礼を受けているもの」ということ。


思想にも、短いスパンにおいてのその時代の「風潮」レベルのものと、長いスパンで発酵した末の深い思想があります。短いスパンの「風潮」から生まれたその時の価値観は、哲学めいたものであっても「賞味期限」があります。




賞味期限がある一種の「価値観」は、それが流行っている時はなんらかの効力を発揮するのですが、やはり限定性のあるもので、真理ではなく一時の信条にすぎないわけです。期限が終わるとまた違うものを必要とし、放浪することになります。



長い時間をかけて洗練された思想という土壌からは、「本当にそうなのか?」という「問いかけ」が起こり、哲学がはじまります。そして削ぎ落とされ、磨かれ、探求され、真理へとたどり着きます。




また同時に、思想の中で「哲学すること」自体が、その思想を洗練されたものにしていき、多くの「自発的に哲学することにあまり頓着のない人々」にも浸透して力を発揮するような大衆性を帯び、その思想を生きる人々にとっての智慧に育っていくんですね。




そういった哲学は、時間を超えて、場所や期間を限定せずに機能する普遍性を持ちます。
インドのヨーガ哲学もそのひとつです。人間が生きて行くこの世界の宝のひとつだと思います。


もちろんヨーガ哲学だけでなく、世界には多くの、時の洗礼を受けた叡智があり、それらは限定性を解放した世界への親和性を持っていると感じます。






少し話を戻しますと。



ヨーガ哲学を学ぶうえで、インドの思想の遍歴を知ることはとても重要で、そこを学ぶと自分の中で「哲学を知る準備」ができあがってきます。
そして興味深いことは、

 ・どのような背景で長い時間をかけて思想が移り変わって哲学へと完成していったのか
 ・その間に当時の人々の「心」に何があったのか

ということを探ることで、自分自身の過去と現在と未来を認知する作業がシンクロしていくのです。
これってとてもすごいことだと思います。
歴史を学ぶと、ただそれを知るだけではなく、自分のことをより認識できるようになるんですね。



そういったわけで私は、ヨーガ哲学を学びたいと集まった人たちには、「インドの思想の歴史」をなるべく話すようにしています。時間やコンセプトの関係でそこに触れることができない場合もあるのですが、集中講座などでは必ず触れるようにしています。



古代のことなので未知な部分もありますが、幸いインドの思想は「言葉」で残されているものも多く、その「伝承」は古来から尊厳を持って大切に扱われていますので、現代の私たちが紐解くための材料は豊富です。



ヨーガ哲学を学ぶうえでの歴史の観測をしてみると、先にも述べましたが「自分のことも観測できるようになる」のが、個人にとっての醍醐味だとも思います。




これを読んでくださっているみなさんの人生にも、歴史がありますね。


もし、自分の現在地を確認し、そして未来をよいものにしていきたいのなら、一度「自分史」を書き出したりして、振り返りの機会を作ってみることをおすすめします。



それはインドの歴史やヨーガの歴史を学ぶのと同じくらいの、あなたにしか解き明かせない叡智が潜んでいると思います。自分史上最大の発見もあるかもしれません。

今、心悩んだり、もしくは将来が不安だったり、ないしはよりよくしたいという動機だけでも、自分の歴史の振り返りはとても有効だと思います。

でもちょっと注意は、そこで感傷的にならないように作業しないといけません。トラウマ的なことを感情で追体験するのはおすすめしません。客観的に、感情的にならずに、公平でクリアな目でそれを見るのが一番有益です。



もし感情的になりそうな気配がしたら、まず自分以外の歴史を学ぶことで訓練するといいと思います。

ピアノが好きなら、ピアノの歴史。
バッハが好きならバッハの歴史。
書道が好きなら書道の歴史。
パン作りが好きならパン作りの歴史。
K-POPが好きならK-POPの歴史。
外国語が話せるようになりたいなら、その言語の歴史を。
ヨーガが好きなら、ヨーガの歴史を。


こんな風に、自分が大事だと思っていたり、好きでもっと知りたいことがあれば、その歴史を見ることを習慣にしてみますと、その訓練は「自分を見る」訓練になっていきます。




なにはともあれ、歴史を学ぶことは今を知り、未来をみつめることになります。



ヨーガ哲学の講座やオンラインコースでも、ヨーガの歴史を伝えるようにしています。興味のある方はぜひ講座で会いましょう。

歴史を知ることまなぶこと、それは自分を知るための訓練であり、ひとりひとりの魂の旅の全体地図になります。



学生の頃に歴史が苦手だった人も、大人になった今だからこそ感じられるおもしろさが絶対にあると思います。







一緒に学びたい方はぜひどうぞ。
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最後までお読みくださりありがとうございます。

ナマステ
EMIRI

2019年7月28日日曜日

ヨーガの歴史からわかるパラダイム変換期

歴史を紐解いてみると、人間の意識の変遷の歴史というのは、2000年くらいで思想を大きくシフトしているのがわかります。




私が携わっている古代インド史もそうで、
かのインダス文明の時代から、移民族の流入(アーリア人の大移動)、そしてバラモン教支配社会のスタート、ここまでにだいたいですが2000年から1500年くらいを費やしています。



そしてさらに1500年から2000年くらい経つと、新しい宗教的思想やそこからの哲学の誕生、ブッダを代表とする「覚者」の登場などが起こります。
こういった変遷をみてみると、それまでの2000年間で採用してきた思想が機能しなくなって来たんだなあというのがわかります



今から約2000年~2500年前、インドの地では、それまでのバラモンによる宗教的祭式(儀式)中心主義から、新たに「真理探究」の大きなムーブメントが起き、現代のヨーガにもつながる「哲学」が完成を見せてきました。また同じ頃、同じ地で、ブッダが誕生しその後の仏教のもとになる教えを説きました
2000年前のインドではまさに、真理探究の大輪が各地で大きく開いていった哲学黄金期なわけです




そういった動きというのは、ある日急に「すごい人」が現れて、新しい考え方がポッと発生したわけではなく、その背景にはその時代の人々の心のニーズがあって生まれてきます



ブッダだってもともとは王族のおぼっちゃま。しかし当時の時代背景の中で彼は、真理を求める「最初の渇望」があったからこそ、ブッダ(覚者)になるきっかけを得たわけです。

もちろん生まれたときからなんらかの素養はあったと思います。しかし、当時の社会やそこに生きることの「憂い」が、彼の背中を押し、出家させ、旅をさせ、苦行、気づき、そして目覚めへと運ばれました。そしてそんな彼が悟ったものは、現代でも人々の心を救済し続けています。




ヨーガの哲学もそうです。最初から完成したものがあって、それが文字なり本なりになってる、なんてゆるい話ではなく、当時の時代を生きた人々が人生の苦悩や真理への渇望の中で懸命に、生命とは、宇宙とは、人間とは、ということを長い長い年月かけて探究されたものが、最終的にヨーガ理論およびヨーガ哲学へとまとまってきたのですね



そういった歴史の流れを見ると、2000年前やさらに遡って4000年前などの歴史の動きには、あたりまえではありますが「意識の変換」があります。


2000年というのはどうやら、人々が「それまで信じていたもの」や「それまでは機能していた仕組み」が通用しなくなる、というタイミングなのですね。



さあ、そんなインド哲学誕生や、ブッダの誕生、そしてキリスト誕生など、まさに「魂の救済黄金期」から、今2000年とちょっと経ったことになります。




今は、新しいパラダイム(認識)、新しい社会システムに、どうしたって変わろうとするバイオリズムの上にいることがわかります。こういった時代の周期で、俯瞰してみると、今は変革や変換の時期なんですね。




とは言っていも、それが数年で急に変わるわけではなく、100年とか200年とか、もっと長いかもしれないですが、移行期間としての時間が必要です。






また、物事が変換するときというのは、原動力が必要で、昨今の世界動きや日本の動きをみていると、その原動力がいろんなところで力を盛り上がって芽を出してきているように見えます。

ここで注意なのは、芽吹きのとき、芽は一生懸命その生命力で土の中から出ます。

そのときに、土の中にあった「他諸々」も一緒に出てきます。



イエスキリストが生まれた時代。彼が真理を説こうが、奇跡的なことをしようが、彼を迫害するパワーも同時に生まれました。

ブッダが生きたころ、彼の説く真理を慕って多くの人々が帰依し、救われながらも、
ブッダを殺そうとした輩もたくさんいました。

新しいムーブメントが起きるとき、なにかが生まれるとき、
同時にそれに反するような「別のもの」もおびただしく生まれます。




世の中が、よくなっていけばいいな。

と切に願います。
願うだけではなく自分もなにかしよう、と思います。
そしてそんな思い(ニーズ)を受け止めて生まれてくれたような「動き」も、昨今たくさんみることが出来ますし、希望を感じる動きが台頭しています。



ですが、それと同時に生まれる、その他の反発的なエネルギーや、一緒にくっついて掘り起こされる別の種類のエネルギーたち。それらにも目を向けている必要があると思います。





「千と千尋の神隠し」の「せん」が、湯屋に来たオクサレ様(実は”河の神様”)の入浴を手伝いますね。

で、オクサレ様の体に引っ掛かってしまっている「何か」を引っこ抜こうとした時、まず出て来たのが、川に捨てられた大量のゴミやら自転車やらの廃棄物が、どばーーーーーーーっと。
そして最後それがぽんと抜けると、「本来の姿」が現われました。





世の中の動きにしても、個人の心の変化にしても同じことで、何か「変わろう」とする時、その動きの流れに乗って「いろんなもの」がたくさん出て来ます。



しかしそういった動きや存在がもし自分の思う理想と違っても、それらを敵視するということではなく、思ってもみなかったような淀みが出て来たり、なんか予想外に反対勢力が出て来ちゃったりしても、それも「自然な流れ」のひとつだと認識すべきなんですよね。


まず、「なにが起こっているのか」を把握するのが大事で、自分とは異なる種類のものを感情を振り回して対抗するのだけは避けないと。それやってしまうと、自分が持っていた純粋な理念や希望が汚れてしまいます。



何かが動けば、いっしょにいろいろ出てくる。
これは物理的な法則なんでしょうね。


そのような目線でみて見ると、現在地球上で起こっている様々な現象の中には、「混乱」と見えるようなことはたくさんあると思うのですが、それも含めて、

未来に向かった「何か重要なもの」が抽出されつつある動きなのかもしれない

と思うと、実態が把握しやすくなると思います。
感情的にならずに。
そして、個人にしても世の中にしても色々な動きはあるけれど、その背景にあるひとつの原理やテーマが見えて来ます。





またそんな話を、もう少し具体的にしたいなと思っています。






なにはともあれ、「歴史」を学ぶことは重要です。

それは今を知り、未来をみつめることになります。



というわけで最後は宣伝になってしまいますが、ヨーガ哲学の講座やオンラインコースでも、ヨーガの歴史を伝えるようにしています。興味のある方はぜひ講座で会いましょう。自分と自分を取り巻く世界の動きが、歴史を通じてクリアに見えるようになってきます。




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古代のインド思想史ふまえつつ重要聖典の成り立ちからスタートし、現代のヨーガにつながる理論と実践知を学びます。ヨーガ哲学を基礎理論から聖典の読解へ、日常生活への応用まで学ぶコースです。


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