EMIRI MOROKA -HEART MATRIX-

師岡絵美里のブログです♪


2018年12月27日木曜日

2019年はHOPE!!!&「ヨーガ哲学の理論と実践・6ヶ月集中コース」募集のお知らせ


ゆきそうな年、きそうな年


・・・今年も終わりが迫ってきましたね。

みなさまいかがお過ごしですか。


で。

2019年に向けてのイラストが描けた〜〜〜!のでアップです。

今回はアーサナちゃんたちです。

大量バラマキとかw商用利用でなければ個人でのご利用OKで。

使う場合ご連絡いただければなお嬉しいです❤️



2019の言葉をなぜ「HOPE」にしたのかは、また書きますね。


〜おしらせ〜

【2019年開催の講座・年末割引価格にて募集♫】
🌟ヨーガ哲学の理論と実践・6ヶ月集中コース(オンライン講座)🌟


今年スタートした長期のヨーガ哲学のオンラインコースです。
非常に濃い学びをみなさんと共有しています。聖典にどっぷり浸れます。

なんて説明していいのか、これは体験してみないとわからない世界なのですが「知識」が与えてくれる光と気づきの連続で、勉強というよりも自分自身を大事なことに向けていくための”歩み”だなあと日々感じています。
ヨーガ哲学は、生きることへの賛歌だと思います。

受講者のみなさんのレポートも素晴らしく興味深い気づきや実践で溢れていて毎回感動するのですが、ひとつの哲学を知ることで、それまでの「物の見方」が変わるって、改めてすごいことだと思います。
人生を支えてくれるヨーガ哲学の底力感じます。

一緒に学びたい方はぜひ、根っこのところからやってきましょう。

初めて学ぶ方も長年学んでる方も、インストラクターさんや、遠方の方、最近は海外にお住まいの方も多く、また小さいお子さんがいて外に学びにいけない方など、オンラインだからこそ受講できる!という方が多数受講されてます。

スタジオにとどまらない学びの場が提供できること、嬉しく思います。
来年もがんばって、たのしくわかりやすく伝えていけるように精進します。
現在、年末割引中です。

ヨーガ哲学の理論と実践・6ヶ月集中コース

第3期:2019年2月スタート


<受講料>
6ヶ月コース:通常価格80,000円
年末特別割引55,000円 2018年12月31日(月)24:00までにお申し込み

コースの詳細はサイトでご覧ください。


【2019年 EMIRIオリジナルYOGAカレンダー♫ 残り超わずか】
もうあと5部くらいになりました。おはやめにどうぞ!
 https://www.heartmatrix555.com/home/illustration/

2018年12月19日水曜日

「羽生田早穂 Christmas Live 2018 "Each Story"」リハーサル大詰めでした



今日は今週土曜に控えております「羽生田早穂のクリスマスライヴ」のリハーサルでした。

今回は、歌とお芝居と踊りを織り交ぜたストーリーと、sahoちゃんの歌のライヴという二本立てです。
お芝居の脚本に決着がつくまでにけっこうな道を通りました。そういうプロセスがステージ制作の醍醐味でもあります。
一番最初の案から思い返すと二転三転どころではなく、
そういくか〜〜〜〜!? 
という方向へ落とし込まれました。
おもしろいなあ、やめられない、創作って。


発話する「セリフ」の後ろや、ひとつの動作にも、それがたった一言や一動作でも、その背景に語られない物語や、人と人の関係性、そしてそういう発言になるもとの思想が宿っています。

その「直接表現されない」部分を演者みんなで話す時間というのがものすごく大事な時間で、どんなに時間があっても足りないくらいおもしろい時間。そしてその対話自体が物語の土台なんですよね。

”なんでこの人はここでこう言うのか”
物語の奥ゆきを3人で確認しあい話している時間は、創作の極みだなあと感じました。

というわけで、12/22土曜は、羽生田早穂のクリスマスライヴにぜひお越しください🌟

チケット残りわずかです!

羽生田早穂


牧野達哉


「羽生田早穂 Christmas Live 2018 "Each Story"」

2年前にご好評を頂いた”大人の聖なるクリスマス”

羽生田早穂とダンサーEMIRI、ストーリーテラー牧野達哉が再集結してお届けします。

クリスマスの夜、「光」へと向かって語り、進みゆく人と人。

ひとつの物語が織りなすきらめく愛のメッセージを、

語り、芝居、歌、ダンスで紡いでゆく一夜かぎりのステージです。


これはあなたの物語・・・


聖なるクリスマスの夜

心を照らすOne Night Only のストーリーがここに。


************
◾️日程
2018年12月22日(土)
16:00 OPEN(カフェタイム)
17:00 LIVE START

◾️会場
クオーターノート(新大久保)
https://www.innocentmusic.info/quarter-note

◾️出演者
Act:羽生田早穂 (Saho Hashoda)
ストーリーテラー:牧野達哉 (Tatsuya Makino)
ダンサー:EMIRI(Emiri Moroka)
ピアニスト/松井優

************

<チケット>
前売り.¥3,500(1drink別)※前売特典:羽生田早穂「2019年卓上カレンダー」付チケット
当日 ¥4,000(1drink別)

◾️チケットのご購入
前売り券のご予約:
出演者とお知り合いの方はお気軽にお声がけください。
前売券の確保、御予約を承ります。
*前売り券ご予約後のキャンセルは不可 / 検討中の方はその旨おしらせください。

公式ページ(こちらからチケット購入可能です)
https://innocent-web.shop/?pid=136859818


<羽生田早穂 CDリリース!>
Prana / 羽生田早穂
https://innocent-web.shop/?pid=135608353
ライヴでもこちらのアルバムから多数歌います!
CDで予習、ライヴで生を聴いてください💫




2018年12月17日月曜日

♫2019年EMIRIオリジナル・ヨーガカレンダーできました!



♫2019年ヨーガカレンダーできました!

みなさまに人気のあるイラストで、それぞれの月にヨーガメッセージ入りです。






EMIRIのイラストがヨーガの言葉とともにカレンダーになりました。イラストとヨーガ哲学のメッセージがセットになったオリジナルカレンダーです。イラストはこれまでの EMIRIのイラストの中の人気作品ばかりです。
毎月のメッセージは、ヨーガの聖典の教えやグルの言葉を、ヨーガ哲学講師であるEMIRIが厳選して編集いたしました。日々心に焼き付けて、ヨーガの心と温かいハートで過ごせますように。そんな願いを楽しいイラストとともにお届けします。





♫スペシャル特典♫ 12月27日まで受付中
〜初回販売50部のみ割引&師岡絵美里のヨーガ解説プレゼント〜
それぞれの月のイラストと、そこに添えられたヨーガの言葉たちを、師岡絵美里が解説したリーフレットをプレゼントいたします。ヨーガの教え、先人たちの残した言葉の素晴らしさを贈ります。
■サイズ:ポストカードサイズ(卓上ケース入り)
■お申し込み:予約販売にて承り中*12月27日まで
■価格:1500円→初回販売50部のみ 1部1200円(送料込み)
3部セット割引 3200円(送料込み)

詳細・ご予約はサイトにて
https://www.heartmatrix555.com/home/illustration/

***せいさくこばなし***
とはいえ・・・
当方物販が専門ではないので小部数しか作れないのが現状、配送も娘に手伝ってもらって内職的に(笑)という感じなので大量にできないのも現状(笑)。
日頃ヨーガでつながっている方々に手にとってもらって、一年そばに置いてもらえたらいいなという思いで作りました。
販売できる部数は初回印刷で50部のみとしました。もっとやってもいいかな〜と思ったのですが、無理せずにでいきます。その後はリクエストをみつつニーズがあれば増刷しようと思っていますが、これで終わるかもしれないw。もしよければ見てみてください。
そして、制作を手伝ってくれたデザイナーのちひろさん、ありがとう!!もう本当に感謝ばかりです。

EMIRI


2018年12月7日金曜日

物理としての私たち『戻れないなら進むか壊せ』の巻





「エントロピー」からの考察。


ヨーガ先生仲間や友人と、哲学や思想、心の話をよくします。


その中で、いろいろな話題において説明理論として「エントロピー」という概念をよく持ち出します。


“ああ、それはかなりのエントロピー増大だね” 

とか、

“エントロピー高まりすぎちゃって戻れないから、別の方向に向かうしかないね”

とか。




「エントロピー」って言葉や考え方って、みなさんは使いますか?

私や、話の視点が合う友人との会話の中ではわりと頻出します。


エントロピーってなんじゃろか。


Wikipediaなんかで調べてみると、こんな複雑な説明がのってます。

『エントロピー(英: entropy)は、熱力学および統計力学において定義される示量性の状態量である。熱力学において断熱条件下での不可逆性を表す指標として導入され、統計力学において系の微視的な「乱雑さ」を表す物理量という意味付けがなされた。
・・・
エントロピーは熱力学における断熱過程の不可逆性を特徴付ける量として位置付けられる。』



うーーん・・・


知らなかった人がこれを読んでも、わけわからん説明ですよね(笑)。

「熱力学」とかそういう難しい定義はちょっと置いておいて、もっとかなり平ったくして、私&友人らで話す時にどのような意味合いで使っているかと言いますと


『物事が展開して複雑(乱雑)になっちゃって、もう元の状態に戻ろうと思っても、最初までは戻れない。』


という感じ。

その「進行度合い」であったり「戻れない(不可逆性)の分岐点」をどのくらい経過してしまったか、などもいっしょくたに話しているので、物理学の定義みたいにきっちり正確に使っているわけではないのですが、話の文脈でそのあたりは通じるわけです。



エントロピー。友人がこんな例えで言っていた。わかりやす、と思った。

例えば、砂浜にひとつの目覚まし時計があったとします。

まだ目覚まし時計がその形と役割をなしている状態を「元」とすると、ここをエントロピー0、とします。

その目覚まし時計が、波に流されました。そして海を漂いながら、だんだんとその時計が状態を変えていく、とします。

海水に泳がされ、外側のカバーが取れました。エントロピー1。

長い針が取れちゃいました。エントロピー2。

短い針も、取れちゃいました。エントロピー3。

秒針もどっかいっちゃいました。・・・4。

文字盤も、外れちゃいました。・・・5。

(*この数字はたとえです。わかりやすくしてるだけ。どっちかというと数字は足し算ではなく乗算的でしょうね。)

その後も時計(だったもの)は海水に泳がされて、接着がはずれたり何かにぶつかったり時間が経過したり、なんらかの過程で、パーツが、ひとつまたひとつと分解されて、潮に流されて、散り散りになっていきます。
ほぼ分解されて波に運ばれ場所も遠くへ。
ここまできちゃうと、そのパーツが全部同じ場所に還ってきて、元の目覚まし時計に戻れる可能性って0ですよね。100歩譲ってなんらかの奇跡が起こって元の時計に戻ることもあるかもしれない、その可能性を残したとしても、物理的にはほぼ可能性0です。「確率」のお話ですと、ね。



エントロピーが高まれば高まるほど、不可逆性も高まります。戻れる可能性がなくなっていく、ということです。


展開と複雑さを高めていく過程で

「ここを通過したらもう、ひとつ前の段階に戻ることはできません」
という分岐点を通っていきます。

その分岐点をなんども通過すればするほど、元に戻れなくなります。

元に戻れないなら、そこで止まるか、さらに進行するか、しかないんですね。





不可逆性の分岐点。これを料理で例えるなら。

じゃがいもを使って、コロッケにすることもできれば、カレー(日本のカレーのイメージ)にすることもできます。

不可逆性の分岐点は「茹でたじゃがいもを〜〜しました」というポイントからですね。

茹でたじゃがいもと「カレーのルーを合わせて」煮込んで味が染み込んでしまったら、もう「コロッケになれる可能性がある分岐点」まで戻れません。


茹でたじゃがいもを「つぶして」味付けして衣つけて油で揚げた後で、無理くり
ここからカレーにしよう!」
と思ってコロッケをカレーの鍋の中に入れて煮込んでも・・・(笑)

普通に作ったカレーのごろんとしたじゃがいもには戻れず、それはそれで
「別のスタイルのカレー(ドロドロのコロッケの入ってるカレーwww)」
になります。
複雑ですね!!!



これって、物理現象の多くのことに言えます。

これですべて説明しなくてもいいのですが(実際できないし)、でもこの考え方も加えて物事を見ていると、現実というものの現在地が見えやすくなったり、良い意味で諦めがついたりします。


つまり、もう元に戻らないものを見て「
戻れ」と期待したり願うことがなくなる。

過去の「ある分岐点」をなんども超えてしまった事象を
いつかのあのときの」的に元に戻そうなど、物理的にも確率的にもできないことを客観視するとこの先を進める」しかない。進んだ先を、なんらかの良きものにしていく努力しかないのだな、と思えるわけです。




もしくは・・・

あまりにもエントロピーが高まってしまったものを、どうにか「元」に近い状態に戻すとなると、


破壊する


という選択になります。


複雑になりすぎた組織や、先に進む策も見当たらなくなった案件、そういったものはしばしば破壊をもって鎮静されたりします。
グループも、もう解散するしかないという段階があったりしますし、人間関係でもそうかもですね。解体するしかない。

高まったエントロピーをどうにかするのには、最終的な段階だとは思いますが、「破壊」もひとつの手です。




でも・・・人間は、自分たちの手では破壊もできない物も作っちゃいました。
ウラン・プルトニウム。
処理できないレベルまでエントロピーを高めた結果。退行することも破壊することも今の所できない。埋めるしかないけど埋めても放射線は発生して、なんらかの影響を送り出してくるもの。



まあここでは、そういった人類規模のお話はちょっと今は置いておきまして、私たちの個人の人生について話すならば。

人の人生で、「こうしたい」「ああなりたい」と思うところ、いろいろかもしれないのですが、

もしも、すでにそれに関して「高まったエントロピー」を抱えた状態であるなら、不可逆性を無視した事柄を望んでしまうと、そこにたどり着くことは(確率的に)ないんですよね。

だから、新しい方向性を見つける。


ないしは、方向性のひとつとして「一回壊す」という段階もあるのだと思います。
転職とか、引っ越しとか、旅に出るとか、一回完全に離れるとか、そういったことも「一回壊す」要素になり得て、次を生み出すスイッチになることが多いと思います。



そういう意味で、私が個人的にも職業的にも傾向しているインドの思想の中に、「破壊と再生」を司る神としてシヴァ神が最高神のひとつとして崇められているのも、納得がいくわけです。


私たちの人生=物理現象というのは、多くの場合が「要素を重ねていくこと」で展開しています。

これはもう、良いとか悪いとかじゃない、物理ですね。



心も。
心もそうだと思います。
とくに「記憶」という装置が働いているので、0にしても痕跡は残る。
ですから、日々まめにリセットして、決して0には戻れなくても、エントロピーを高めすぎないでいるのもひとつの心の平和だと思います。瞑想するとか、運動するとか、溜め込まないで人に話してみる、とか。


ヨーガは、そういった心の平和に役立つ精神の科学だ、と私は思っています。






「カレーになりたかったけど、コロッケの私。」
「コロッケ目指したけど、カレーに着いた私。」

たしかにそういうことって、あると思います。
もしそうだったとしても、不可逆性の過去を見つめるより、可能性のある今と未来を見つめることで、何かを見いだせると思います。

時として不可逆の分岐点を振り返るのもひとつの前進ですけどね!



独り言。
カレーとコロッケだったら、それぞれ別のものとしての組み合わせとしては良いじゃないか!!! 
という意味で、あまりパンチの効いた例えにならなかったけど、もう他の例えをひねり出せないからこのままアップしてしまえ、という己の不可逆性に悶えます。





人間を科学する時、いろいろな物理理論は役に立ちます。

またこんな話もしましょう。

長かったですね(笑)

最後まで読んでしまったあなたはきっとヨーガ哲学な人。

読んでくださりありがとうございます。

未来に希望を。


ナマステ
EMIRI 





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<募集中の講座お知らせ♫>

オンライン・ヨーガ集中講座
ヨーガ哲学の理論と実践・6ヶ月集中コース

すばらしくヨーガ哲学!!
総合的にヨーガ哲学をおさえたい、という方はぜひチェックしてみてください。

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*2018年12月19日(水)24:00まで

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2018年11月25日日曜日

タイヨガフェスティバル「宇宙いのちのまつり」のお知らせ&コラム【物音をたてないタイ人話と娘との対話】


海外ヨーガリトリート
ヨガフェスティバル「宇宙いのちのまつり」in Thailand

開催日:2019年3月21日(木)~24日(日)

ぜったい楽しいヨーガと自然ざんまいの4日間!!!

タイ、ミャンマー、中国雲南省の山間の聖地パーイにて開催されるヨガフェスティバルです。慈しみの国タイの自然の中で、素敵な講師陣やゲストアーティストとともに楽しむ四日間です。師岡絵美里もヨーガ講師として参加いたします。
11月末までに参加講師を通じてお申し込みくださると早期割引が適用されます。

参加に関して不安がある方はお気軽にお問い合わせください。

公式サイト

私のサイト

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<コラム> 

物音たてないタイ、と娘との対話


タイリトリートにちなんで。


娘が大きくなってきた。10歳。年が明ければ11歳になる。


はやいですね~~~~~。さっき産んだような気もするし(言い過ぎ)、もう半世紀くらい経つ気もする(言い過ぎだし自分も半世紀生きてないw)。



そんな娘も、素直にすくすく、みたいな時期を通り過ぎ、


だんだん自己主張も強く、自分のやりたいようにしたいお年頃に。


親が言ったことをそのまま受け取る時期でもなくなってきました。


先日、高校生の娘さんがいる友人と話していて、


『10歳くらいか・・・”しつけ”が可能な最後の時期だね。』


と。


そーーーーかーーーーーー。そうだよね~~~。



高校生の娘あり、の別の友人も。


『中学生になったらもう”手遅れ”だよ(笑)』


そーーーーだよねーーーーー。(笑)


なんかとても、納得しました。





まだ小五ですが、親がそれとなく手綱をひいてあげられる最後の時期、


そのタイムリミット感ひしひしです。もう無理なところも多々あり。


別の、もう成人した娘さんがいる生徒さんも


「中学生の時がいちばん、本当に不可解な、何をするか予想できない、宇宙人が家にいる(ないしは家にいない!)、みたいな時期だった。」


と。(笑)


女の子と男の子だとまた違うのかもしれないですが、娘の友人の子達をみていても、高学年の女の子たちの「大人び始め」からのスピードってすごいですね。


もちろんまだ子供なんですけど、心のある部分だけが急激に「こどもでいること」から離脱し、飛び出していく猛烈な触手のようなものを感じます。


一輪の花があったら、

その花びらの一枚か二枚だけが

どんどん大きくなるみたいなとてもアンバランスな時期

その時期特有の美しさ、難しさ、この時しか見れないおもしろさを感じます。





そんな娘が、なんだか気分のままにドスドス歩いたり、

冷蔵庫をばたーーんと閉めたり、


洗ったお皿を無造作にがちゃんがちゃん戸棚に入れたりと、


まあ自然かつご機嫌なのはいいんですが、「物音」がすごい(笑)。


バレエとかバイオリンなど品のあるものやってるわりに、


ワイルドだねーーー(笑)。


もうちょっと丁寧だといいな~~、私も気を使えない時はあるけど、


気を使いたい時に使える所作も知ってるといいよね~~


って思ったのですが、


「もっとこうして」「~~して」という指示的な言い方だと

「なんで?」


と、シラっと返ってくる年頃。



ですので~~


そこで、友人長谷川陽子氏から聞いたタイの人々の話を思い出し、その話を娘にしました。


今回のタイでのヨガフェス主催者であり、私のヨガ仲間で友人の長谷川陽子氏は、タイ人の旦那さんのところに嫁いだわけですが、


旦那さんのお母さんが、


タイの人は


「足音をまったくたてないで歩ける」


ということを話してくれたそうです。


ちょっと詳しいことを忘れてしまったんですが、タイの人は家の中でもどこでも、


静かに歩くこと

物音をあまりたてないで動くこと


が可能もしくは当たり前のようです。



この「陽子氏の旦那さんのお母さん」もタイの方ではないので、そういう意味で陽子氏と同じ境遇。外国から嫁いだどうしとして、いろいろ文化的違いが話題にあがるのかもしれないですね。



陽子氏いわく「だからさ、きゅーーーに後ろにいたりするから、びっくりするんだよ。」


と言ってたのも思い出しました(笑)。
気配なし。びっくりだね(笑)


その話を、娘にしてみました。


「タイだとそうなんだって。日本も昔はきっと大方そういう教育があっただろうし、今も教えている親はいるだろうけど、文化全体ではなくなってきちゃったよねきっと。」

と。

娘は興味をもってくれて、すぐに「こんな感じ?」と、静かに音をたてないで歩く手法を考案し始めました。(やや踊りっぽすぎるのでもう少し普遍化の必要あり。)



「これだとバレエにもいいね。トーシューズはくと気をつけても絶対少しが音でちゃうから、なるべく音出ないように歩く練習しとけば、袖にいるときにいいよね。」


と、「いいこと言った時」の得意ガオ(笑)。



しめしめと思い私は、ネットで検索。


「タイ 作法 足音」


こんなようなサイトにいくつかあたりましたよ☆

https://tenshoku.mynavi.jp/global/z/thai/info/007/



「大きな足音を立てて歩いたりすることは、日本以上に無作法なことにあたります。」



と。

タイの常識やマナーというのは「仏教生活」としての観点からくるので、お寺の中に入った時、僧侶の近くに赴いたとき、などの礼儀作法が元になっているのですね。


日本でもどこでも、神聖な場所に入った時、自然と足音を小さく歩くよう心がけます。タイではそれが、家での生活にも常で、家の人への敬意でもあるのですね〜。


いいなあ~ 敬虔だなあ~~ 日本も本来そういう国だよね~~



私「ままも、レッスン中は常にだけど、特にみんなが瞑想してる時間やシャバアサナしてるときはできるだけ足音を出さないように歩くことは気をつけてるよ、ちょっとは出ちゃうけどね。意識してるのがだいじじゃんね。」


と、必要性を強調してみた。「大人になったらみな仕事する」が今の彼女の関心事なので(笑)



娘「そうだね。ままは、ヨガマットをバーーーーン!って勢いよく床にあてて開かないで、って(子供ヨガ教室のときに)みんなに言ってるもんね。子供のときにそういうの言われてたほうが、大人になったときに当たり前になってるね。」


そうそう。それけっこう大事だとオモテルよ。



そんな話をひとしきり娘と交わしました。






先ほどあげたタイのマナーなどに関するサイトをみたりしながら


 ああタイって、いいな~~と、恋しくなりました。


とてもいいところで、空気に粒に信仰が染み込んでいる。


お祈りの国だなと思います。



そんなタイでのヨガフェス、ぜひ来てほしいです。


日本にいてもいろいろなことができますが、違う文化圏に行ってみることというのは、自分自身をかえりみて新たに知ることや、今まで意識しなかった領域や可能性への大きな刺激になりますね。


2019年3月タイでのヨガフェスティバルのページ






そして子供に何かを教えることって、柔軟で寛容でないとできない、ですね。

自分だってそこまでできてないことを棚にあげないで、いっしょにやってこう、というスタンスがいいのかなと思います。


もうすぐ宇宙人期に入る娘を持つ親として、そんな落とし所でした(笑)。


そんな年ごろ娘と来年いっしょにタイに行けるのがとても楽しみです。


2017年夏、フェス会場のパーイにて


サワディーーーかーーーーーー♫

ナマステ!

2018年10月10日水曜日

絵美里心のセッション「仕事をやめたい」について


「仕事をやめたい」について



前置きから。

所属しているヨガスタジオにて、

毎月定例で「考えるためのヨーガ哲学」というワークショップを開いています。

ヨーガの知識を得るだけではなく、

ひとつのヨーガ哲学テーマで

自分自身のことを深く考えてみよう

という会です。

なるべく参加するみなさんの心の中にある個人的な事象が、

ヨーガの哲学からのアプローチで、

新しい視点や方向性を得て帰っていただければと思いながらやっています。

前回(先月末)に開催した時に、

ワークショップの最初に、みなさんに「悩み」や「疑問」「思うこと」などを書いていただき、

その内容にヨーガ哲学の観点からと、私なりに感じるところも加えてお話していく、という形式をとったところ

大変充実した会になりました。

時間の関係で、30人以上いる参加者さんが書いてくださった疑問や悩みなどのすべてに応えることはできないのですが、5つほど選ばせていただいて、お話をしました。

終了後のアンケートでは、自分の書いた内容が選ばれなくても、人の書いた内容への返答であっても、すごく参考になった、心が晴れた、と言ってくださる方が多く、

私自身が励まされるコメントで溢れていました。

ご参加してくださった方に本当に感謝です。

あの時の「お悩み」を書いてくださった紙と、終了後のアンケートの紙は、ほぼ毎日持ち歩いて、おりに触れて読み返しています。

みんなの気持ちがこもっているそれらの紙の束は、
私がみんなを知る手がかりであり、
そして私への励ましでもあり、宝物です。


徐々にですが、サイトからのメルマガやこのブログなどで
時間を作って返信していこうと思っています。







今日ひとつ、返答しようと思ったのは、「仕事をやめようかどうか迷っている」という件です。

30人以上の書いていただいたお悩みの中でも7件ほどありましたので、多くの人に共通する悩みなのだと思います。


一人の方の内容を紹介すると、

『人間関係のわだかまりが強く、ここにいてもよいエネルギーが生まれないと思えるので、もう辞める気持ちはかたいのだけど、年齢を考えると転職できるか不安で、10年も仕事を続けている。未来への不安がある。』

というものです。



少し整理すると、他の人の気持ちやあり方を、こちらがコントロールすることはできないし、人が集まればほんとにいろいろな人がいるので、

おそらく自分では変えられないような人間関係のわだかまり、があるのでしょうね。

ここにアプローチすることも可能かもしれないですが、

今回は「辞める」という方向のほうにフォーカスしてみます。


ここで注目したのは、


「やめる気持ちはかたいけれど〜〜〜

年齢を考えると〜〜〜〜

10年も続けている」


というところ。

10年続けているということは、この「やめるというかたい気持ち」は、

正確に言うと「かたまってしまって止まっている気持ち」

なのではないかと思います。

「決心」として新たな動きを促してくれるような発動力としての「かたい気持ち」ではなく、

心の中で発芽することのない欲求を固めてしまっている状態だと思います。

これ(心の中で発芽することのない欲求)、

あまり長くやりすぎると、病気になってしまいます!
と思いますよ。





自分自身がまずできることは、

漠然とした不安要素を解消すること

だと思います。

未来への不安がある

ということを、

「それはいったいどんな、何に対する不安なのか」

の具体的なところを、

できる限り具体的に書き出してみるといいと思います。

いったい何が心配で、不安なのかを「見える化」します。

それが漠然としているうちは、対策ができないので、不安のままなんです。


よくわからないおばけみたいなものだと戦術も考えられないので、

「どんなおばけなのか」をはっきりさせ、

実はおばけではなくて 「現実的な案件」であったことを知ることが大事だと思います。


「不安」というあいまいな言葉でくくらずに、

「案件」として「見えるかたち」にしてみてほしいです。


体の老化が不安、とか

仕事を失い家のローンを払えなくなったら、とか

転職先が見つからなかったら、とか

とにかく書き出してみてください。


そしてそれらに対してまた、ひとつひとつ「対策」を考えてみてほしいです。

「悩み」のままにしておかないで、「案件」にして考えることが大事だと思います。



年齢に関して。

「年齢もあり転職できるか心配だ」

と思っているということは、まずもって自分自身が

自分を「年齢」で価値判断していることになります。


「自己ならざるものを自己とみなす(という無知)」

ですね。

ヨーガ・スートラ 2章5節です。



でもこの方のお話によると、

もう同じところで10年はたらき、社会人経験としてはもっと長い歳月があるのもわかります。

その経験の価値を運用することで

「年齢」を成功や発展のためのありがたいツールにできます。

経験がある、だけじゃなく

経験を運用していくほうに考えてみてほしいです。

可能性はたくさんあるはずです。

まったく人脈のないところに向かう場合、

一般的な公募をみてあきらめてしまうことも多いかなと思います。

『・・・採用条件には「ーー歳未満」って書いてある・・・』


という風に思うかもしれません。


ですがそこは、相手(採用側)の「仕事を少なくする」ためのフィルターであったりもします。

年齢というわかりやすい基準を設けておかないと、多くの「採用する可能性の低い人」に対応しないといけないことになるので、コストの面で一線をひいているところがあるでしょう。

ですが、そのフィルターを突破することはできます。

応募してみるのは自由なんだから。

採用側は、「欲しい人」が欲しい人です。

知的創造的な職種である場合はとくに、

最終的には年齢ではなく、

「欲しい人」が来てくれればうれしいわけです。

用意された「条件」というフィルターを外してでも魅力を感じる人間に対して、もう条件は必要ないでしょう。

ですので、自分の価値を大切にする「熱意」だと思います。

たくさんの経験を積んだ自分の価値をよく知っていてください。

そうすれば、新しいドアが開いていくはずで、

自分自身が自分の価値を見出していれば、

一般的な公募でなくとも、今ある人脈の中で新しい環境へとつながる道がひらけてくるかもしれません。


ですがそれを待たずに、まず自分で自分を動かすことが大事ですね、

躊躇が産むものは、時間の浪費と出ない結果。

「だめだった」という結果すら産まない躊躇に、長いこと佇む必要はもうないと思います。


今いるところを「やめる気持ち」よりも、
自分の職業人としての価値を理解して、その気持ちを強くすることに心のエネルギーを使ってみてください。

やめたいと思いながら10年やれたパワーがあるんですから、「始めたい!変えたい!」と思う気持ちのほうに、今度はエネルギーを使ってみてください。



未来に不安を投影すれば、道は曇ってみえますが、

現在と未来をつなげる「自分」に、価値を見出してください。

自分こそ、道を照らす光です。

「個人の社会的な価値」

は誰にでも、何歳でも、あるはずなんです。







“自分の事は、自分で励まし、自分であげていくべきだ。

自分自身だけが、自分の本当の友となる。

自分を蔑んだり、見下したりしてはいけない。

自分自身だけが、自分自身の敵にもなる。“

聖典『バガヴァッドギーター』(6章詩篇5)より




応援してます!


私も、みんなも、
いっしょに歳をとっていきますので、
ともに明るく歳とって、仕事楽しい人生にしましょう!



絵美里




<お知らせ>

ヨーガ哲学の理論と実践・6ヶ月集中コース
(オンラインセッションによる集中講座)


半年かけてヨーガ理論の学習と実践を行なっていくコースです。

こちらのコースは11月スタートの開催が最後となります。

次回開催予定がございませんので、ご興味のある方はぜひこの機会をご利用ください。

残席わずかです。

<受講料>

6ヶ月コース
通常価格80,000円
割引価格:10月18日(金)24:00まで
57,000円
詳細はサイトにてご覧ください

2018年8月29日水曜日

EMIRIの心セッション「 天職、転職、の見つけ方」


仕事や職について。




「私の天職ってなんだろう

ほんとうにやりたいことってなんだろう」



というところ。


ひとつ簡単でわかりやすいのは

自分の「気づきが高い分野」で行く、

そこで勝負することだと思います。


「得意な分野」は自分でわかっている人が多く

それでそのまま葛藤なくいけるならばそれでもいいと思います!

でも、「技術的に得意」が、「働くこと」やビジネスにうまく結びつかない人も多いんですよね。


「好きなこと」もみんなそれぞれにあって、それももうわかってる。

でもそれが、働くことやビジネスに結びつかない人も多い。





私が思うは、人それぞれが持っている

「気づきの得意分野」

です。


これは自分に対して思ったところがスタートなんですが、

私はヨーガの哲学とか思想とか宗教とかに

乾いた布と水のようになじみがはやくて、

そこでなにかに「気づく」ことが、

(あえて人と比べても)「はやい」し「多い」んだな、と。

地元の食堂みたいですね。はやくて多い。

「はやい」「多い」のそのあとの「出てきたものの研磨」は必要ですが、

基本、やっぱ早くて多いのです(笑)

向いてるんですね。



哲学理論など、

「解説をさらに解説」とか

こと

というようなところや、

「このひとつの文章から導き出せる多くの視点」

ということへの理解・気づき・発見が、

私の場合、宗教とか哲学に関してすごく「はやい」し「多い」んです。


そういう時、自分をある種の「マシーン」みたいに感じます。

もともとそれに特化して作られたプログラムをインストールされたマシーンみたいに。


生業にしていくうえでの苦労や、努力しないといけないところはたくさんあっても、

それそのものへの気づきや理解という面では、

興味の触手をフルに伸ばしていればいい楽しい感じです。



そういった先天的なものも、きっとあるとは思うですが、
話すと長くなるので詳細は割愛しますが、
小さい頃の家庭での生活から、大人になって自分で進んできた道の中で、
いろんな宗教になじんできたので、ヨーガに出会うころには、ヨーガの考え方やヒンズイズムをキャッチできる土台が育っていたと思います。

生活の中で体感したどの宗教的経験も深かったのもあり、変化球にとんだ精神世界のルートを通ることができたのはラッキーでした。
読書好きとオタクっぽさも助けになってますね(笑)



そんなこんなで、

それぞれの宗教や思想の持っている根本的な「美意識」というものを捉えるのが、得意ではやいです。違いを検知するのも得意です。




でも!逆を言うと、

別の分野になると、おそろしく気づきが「おそい」し「少ない」というものもあります(笑)。

頭ぼーっとしちゃう分野ってあります。

説明されても理解できない、とか(笑)。かっこわるいから言わないけど(爆)。

(それはまた別で「向いてない&かっこ悪い特集」を組もうかな w)



私がそういった「自分にとって気づきが遅い、少ない」という分野ですごくがんばっても

やっぱり時間もかかるし仕事として職として

人に価値を提供できるものも少ないと思います。



やってできなくないかもしれないけれど、

吸収にやたら時間がかかり、それはそれで苦労し、

発信してもそもそも「気づき」が少ないというのは、熱量や説得力、おもしろみの提供には欠けるということになると思います(笑)

それはやっぱり自分にとって職にもビジネスにも向いてないと思います。




自分にとって「気づきが少ない」分野でがんばって仕事している人は

もともと持っているオリジナルの方向性へのエナジーが

「使い所のズレ」で自然に漏れてしまうので

なんとなく仕事が「これでいいのかな感」があったり、

もしくはもうつまらないだろうと思います。

でもやめるわけにいかないので、楽しさを見出すという努力にエネルギーを使ったり。

人間関係の良さとか、お給料のよさとか、

どこかに属して働いているなどの社会的な安心を引き換えにその分野でやり続ける人もいるとは思いますが、

その分野で気づきがあまりない、ってことは

「情熱」のベクトルがズレているので

やっぱり疲労しちゃうと思いますよね。





でもまた翻しますが、

その分野に興味はあまりなかったけど

一生懸命やってるうちに自分ならではの感性が磨かれて、

気づきが高まり、情熱もわいてきて

スタート時はそれほど興味も得意もなかったけど、

今は楽しく生き生きやってるよ、という人もいますね。


いろいろな職を経験してがんばってきた人などは、

何に対しても「気づき」を見出す土台や忍耐ができていたりもしますので、

いろいろな分野で周波数高くいけちゃう

そういう段階に入っている人もいます。




とにかく、

自分はこの分野だと「気づき」が高い

というところを仕事にするのは、ポイントだと思います。



個人的な経験から・・・

最近はもうやっていないのですが、

ヨーガのインストラクターさんたちの研修というポジションで

大きなヨガスタジオの中でヨガに関わることを生業として働く女性たちを

たくさん見てきました。


やっぱり、この職業でも気づきが鋭く、広い人は

かりにその職業のうえで悩んでも、悩み自体が創造的というか

つまり核心をついている悩みなので、

突破すればもっと先へ進めるタイプの葛藤や悩みを持つことができます。

自分にとって発展性のある問題を無意識的にでもキャッチして考えたり悩むので

そこを超えてさらに気づきを高めて成長し、ヨーガの教えも深みを増して行く。



でも、ヨーガを教えるという分野にいても、

そこでの気づきの触覚があまり働かないタイプの人というもの、たくさんいます。

これだけスタジオが増えて、これだけインストラクターさんが増えたので、どっちもタイプも増えて当たり前なんですね。

どの業界もそうなんじゃないかと思います。


後者のような、

本当はヨーガではない別ことのほうが興味も気づきも高い

という人は、ある段階でそこを離れていって

自分にもっとあった生業を見つけて行く人もいれば、


どこかに所属している安定性を離れるのが難しかったり

まだ他を見つけ出せていないからなどの理由で、

あまり得意ではないけれどがんばって、

悩んで、

続ける人もいます。

この場合の悩みは、「その先」が見つかりにくい悩みでもあると思います。


というのもやっぱりその人の自然な特性であったり適正があっている場合は

その中で心の悩みの解消や、行為の転換をしていくことができると思うですが、


神様、自然の力が、

  あなたはこっちじゃなくてこっちに行ったほうがいい

という力が働いている場合、例えアドバイザー的な人がなにかアドバイスしたとしても、

本人が核心に到着するのが難しいんですね。




お話を、わたしの身近な話題で例にあげましたが、

みなさんの職業や職種の中でも、

そういうことありませんか?







シルヴィ・ギエムをご存知でしょうか?

バレエの世界的ダンサーです。日本でも絶大な人気があります。

一昨年かな、引退しましたね。


彼女の身体能力とダンスは

技能的な意味では誰にも追いつけないようなものがありますし、

そして独自の踊りへの感性と美意識の鋭さは、バケモノ級です(笑)。

私もだいすきなダンサー。



彼女は思ったままをストレートに言う人で、

若い頃はとくに辛辣にとられてしまうようなコメントもするタイプでした。


以前なにかのインタビューかドキュメンタリーか何かの中で、

多くの、バレエを目指し練習する人々をみて彼女が、


「才能のない人の努力を見るのは辛い。」


と、、、、ひとことで言い終えてました。


   あははははは(笑)


・・・苦しいですね!! ぎゃふんですよ。

黙るしかない(笑)

それ言えちゃうレベルの彼女のダンスなので

グーの音も出ないですし、ある種の爽快感すらあります。



でも確かに、そういう面もありますね。

趣味で、楽しみとしてなら好きにやればよくても

それを生業として、その道のプロとしてやっている(やっていきたい)という場合は、

あまりにも自分の性質とかけ離れたものですと

努力がなかなか報われない

一生懸命がんばって、悩んでも、突破口が見つけにくい・・・

となってしまいます。

経験としてそういうことが必要な時期もある、とも思いますが、


仕事、ビジネス、のように

目的と目当て(結果や収益ですね)がはっきりしている場合、


やはり自分の適正を把握し、土俵を選択する必要はおおいにあると思います。

夢をかなえるにも、叶えやすい分野があると思います。



その見極めが、その分野での「気づき」の高さ、だと思うのですね。




そして「好きなことを仕事に」という風潮も流行ってますが、

それだけでもないと思います。


「好き」は情熱の出どころなので大事なんですが、

好きで愛着があっても「向いてない」ものもあるんですよね(笑)。あるの(笑)。

でもこの場合、好きなのでしかたない。誰の指図も受ける必要はない、好きなんだから。


ただ、気づきのアンテナが高く広くないと、好きでも行き詰まります。

好きな仕事の範囲内で「使われる人間」から出ることができないんですね。




ひとつの目安にするといいかなと思います。

自分の「気づき」が高い分野。

それってなんだろう、と。

今やってるこれは、それにあたるかな、と。


職替えを考え中の人は、

好き、得意、だけじゃなく

「気づける」分野かどうか、も入れてみてください。



そして(だいじなこと言う)

その分野で、人に「気づき」を提供できるか

ですね。






AIとかも素晴らしく開発されちゃってる昨今、

自分がその分野で、どれだけ感性と美意識を働かせていけるかが、

今後の人類の働き方全体のテーマでもあると思うのですよ。




仕事、職という部分でちょっと停滞している人にも

そういったイメージを自分の中で繰り広げてみて

感性が高まりワクワクしてくるものや

インスピレーションわいてくるものに調べを入れてみるのもいいと思います!




実際のこととして

仕事が楽しくそして

楽しいだけじゃなく収入も見合っている、あがっていく、

仕事と収入を自分で作っていける、というのは、

心にとってかなりの健康だと思います。


こういったこともまた、一緒に考えていきましょう!!



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長文読んでくださりありがとうざいます。

感謝をこめて
師岡絵美里