EMIRI MOROKA -HEART MATRIX-

師岡絵美里のブログです♪


2016年8月2日火曜日

夢について






「夢」について




夜寝ている時の「夢」についてなんですが、

時々「夢」の捉え方について聞かれたりします。

夢占いとか、夢判断とか、夢の内容で現在の心持ちや潜在意識を知ろう、というようなものもたくさんあるし、好きな人はかなり好きだと思います。




私は、実際「あまり気にしない」というスタンスです。(笑)

何かすごい夢見たなあ!と思う時と、自分の潜在意識の現れだなあと感じることはよくあります。

でも、その後それについて追いかけることはあまりしていません。

インドのシュリシュリ・ラヴィシャンカールグルジの「ヨーガスートラ」の解説にも言及されていましたが、「気にしなくていい」と。

(笑)

(すいません、こんなに簡単には書いてないです、理由とかちゃんと書いてあります。すごいはしょってます。笑)



私が感じるのは・・
寝ている時は単に「思考」を体系付けてみているような鎖が外れて、いろんな思いがふわふわっと漂っているようなもの。




普段は安定したテーブルの上に順を追って並べていたものたちの因果関係が外れて、それらの「いろいろ」をプールの中にばらまいた感じで、それらは秩序なく漂っている感じ。




その中で何かメッセージ性のあるものもあるとは思います。

でも、そうでない多くは、水辺に浮かぶチリのように、深い関連や追及すべき意味は持たないものもたくさんあります。




個人的には、「夢に根拠を求めようとする心の働き」の方を観察した方がいいかなと思ってます。




基本的には、起きている間に何を考えているか、起きている間にどんな思考を選択する、というところを大事にしています。




あんまり、占い的に囚われるのもまた執着ですしね。




そんなわけで、今朝もすっごくリアルでありそう、かつ驚きの展開!
みたいな夢を見ましたが、
思考と思考の間のなんだかすごうよくつながって、できあがった一瞬のコマーシャル、くらい思っておきます(笑)。




詳細ができました!バリ島ヨーガリトリート2017

師岡絵美里のバリ島ヨーガリトリート2017



みなさまこんにちは。師岡絵美里です。
いつもメルマガ&ブログのご愛読ありがとうございます。


今日はバリ島リトリートのお知らせです。



過去2回開催してきましたバリ島でのヨーガリトリートですが、来年の3月も開催できる運びとなりました。

たくさんの方の協力を得て、現地の方々のサポートもあり、また開催できることを本当に嬉しく思います。

リトリート開催と私自身の公私でのバリ渡航を重ねるごとに、バリ島で感じられる生きることへの尊さや人生の美しさが身にしみて増しています。



2017年は、ふたつのリトリートを用意しております。


「師岡絵美里のスピリチュアルヨーガリトリートinバリ」

こちらはこれまで開催してきたもので、アーサナプラクティスとヨーガ哲学を二大柱としたプランです。

体を動かすことや心身の浄化を大切にしながら、瞑想とヨーガ哲学へ体験的な深みを目的としています。
もちろんバリ島ならではのアクティビティやウブドの街での滞在も楽しみます。


2017年開催の目玉は!!「ニュピ」です。

「ニュピ」とはバリ島・サカ暦の新年・元旦にあたります。2017年は3月28日(火)で、リトリート期間内にあたります。

この日はバリヒンドゥー教徒が精神修養に専念する最も重要な日で、島民全員が祈りと瞑想の中に沈黙する日です。

静寂のバリという体験を通じて、ヨーガや瞑想について、自己存在や人生について深く感じる時間を持てると思います。
本当に貴重な体験となると思いますので、「これは!」と感じた方はぜひ参加をご検討してみてください。

リトリートの特設サイトに詳細を記載してありますのでぜひ覗いてみてください。


特設サイトも用意しましたので、ぜひご覧ください。
http://emirimorooka.wixsite.com/yoga/bali




EMIRI& TOMOMI♬の
「英語でヨーガリトリートinBALI」


2017年はもうひとつ、新しいタイプのリトリートを用意することができました。
バリで英語に親しみ、英語でヨーガを教えられるようになってみよう!というプランです。

以前からこう言ったリクエストをちょこちょこともらっていたので、先月バリに行った際にいろいろ準備をしてきましたのです。


このリトリートでは英語入門者、初級者を対象とした英会話学習と、簡単な英語でヨーガのインストラクションができるようになるためのコースです。中学校レベルの英語をおさらいし、現地ですぐに実践の機会持ちましょう。

インストラクターの方も、そうでない方もご参加できます。​

「英語でヨーガを教える」という段階までは期待されていない方でも、「海外及び英語でのヨーガレッスンを受けたい」と思っている方であればオススメです。

英語での誘導の中、先生の方を見なくても動作についていけるようになると楽しいですよね。

また、基本的な身体動作を学ぶことができるので、日常会話として役立ててもらえます。


ゲストティーチャーとして、海外経験・英語経験豊かなTOMOMI先生です。オーラソーマやマッサージセラピーなどで活動されているTOMOMI先生と「ハートをオープンにする英語」を楽しんでください。

現地の英語講師によるレクチャーもあります。

特設サイトも用意しましたので、ぜひご覧ください。
http://emirimorooka.wixsite.com/yoga/bali



受付を開始しています。
気軽なご質問、いつでも受け付けています。
ホームページからお問い合わせをください。



2016年3月のリトリートの皆さんと!大好きな一枚です。





今日も読んでくださってありがとうございます!!


Namaste

師岡絵美里

2016年7月22日金曜日

癒し、だけじゃない島。ブラックマジック。


先日バリから帰国したばっかりだけどすぐにQuanでワークショップがあって、ワークショップ後にたくさんの人にブログ楽しみにしている、いつも読んでいる、という声をもらってすごく嬉しかったし励みになりました。

ありがとうございます。


滞在先の家からの景色



バリで体も精神もかなりで使っていたんだと思います。
帰国してからすぐレッスンやリハーサルでなんだかんだ動いているので、たくさん寝て回復に努めました。

バリでいろいろなことがあって、書き留めておきたいことはあるのですが、まだ言葉になっていないものがほとんどだけど、自然に芽が出てくるのを待とうと思います。


そんなこんなで書きたいのだけど睡眠大事・・、という数日だったんですが、


その中でもひとつ、記憶と感覚が鮮明なうちに書いておきたいな、と思っていたものがあります。




バリ島のブラックマジックについて。




バリのブラックマジックについては、ここで説明すると長くなりそうだし私自身がたくさん理解してるわけじゃいので、別サイトとか検索してみてください。いっぱいエピソードが出てきます。



バリ島という摩訶不思議な土地の、思いっきり摩訶不思議な部分。


マジック。それも、暗い方の作用を起こさせるマジック。


どうやら、バリにはバリ独自の力学が働いているようです、確実に。




ブラックマジックについてはバリ当地の友人たちからも聞いていたし、
私が昔よく行った西アフリカの地方にも同じようなものはあったので、
バリ島ならではのものがきっとあるんだろう、と感覚的にはわかるなと思ってたんですが、実際に感じることまではなかったんですね。

でも今回の旅では、その「実際」みたいなものを、ごく浅いレベルですが垣間見たように感じます。



ジュリアロバーツの出演している映画「Eat Pray Love」(邦題「食べて祈って恋をして」)のバリのシーンで、バリアンのクトゥが、”バリ島は神々のような高い意識と人間の根源的な欲求(煩悩)が混ざるところ”、というような意味のことを言っています。
ピンポイントみたいな場所なんでしょう。



私が感じるのは、バリは、
すごく低層な世界と高域の世界が、地面に近いところで混ざっているのをいつも感じます。
そういう意味では、日本の「妖怪」の感覚と近い感じ。

神々しい方では、似たものを京都で感じたことはあります。

でも京都は「神さまが地上近くに垂れ込めてきた」感じで「神様が重い・・・ずっしり・・・」、みたいな感じなんだけど、

バリは・・・

神々の島でありつつ、地層から湧いてくる混沌とした欲望の勢力もすごく強い、それがバリだなあ、と。

ほんの少し瞑想するだけで神を感じることもあれば、邪悪なもの同室で寝ている可能性もあるところ。


すごい島だな、といつも思います。


これまでのバリの旅は皆、観光客やヨーガリトリート用に整えられていた場所にいたので、ある意味「マイルド」なところにいたんだと思います。


今回は、人の家にいました。

バリ人とともに毎日過ごしました。

外に出てもとりあえず田んぼと民家だけ、というようなところで過ごす時間がたくさんありました。

毎日、村のお祭りの練習なのか、マントラを唱える声が近隣から聴こえてきました。

そうは言っても外国人向けの一軒家なので、本当の意味での民家ではないのですが、それでもね、バリ人たちの生活の息づかいに近いところにいて、ホテルのステイとは全然違うものを感じて帰りました。



毎日見つめた夕日


村のセレモニーを見せてもらったり、バリの人々の家の中に必ずある寺院を見学させてもらったり、お祈りを一緒にさせてもらったり、
彼らの「営み」にほんの少しお邪魔させてもらっただけなんですが、

なんかね、重い!!!

嫌ってわけじゃないですよ、基本好きなんですよ、そういう根源的な世界って。

でも、重い。

のです。理解できる重さ。

あの場所でエネルギー体として生活を営んでいくために、日々の祈りの行為がどれだけバランスに貢献しているか。




自分がブラックマジックを受けてしまったわけではないのですが、

「そういったものが機能する営み」を感じました。

バリだからこそ、あの低層の霊たちもうようようごめいている「ゲゲゲ」な世界だからこそ、、

ありえちゃうんだな〜〜〜〜!マジで。

と思った!本当に。




日本では、(特に都会では)波動が雑多すぎて「呪い」が入るスキがないでしょう。それだけみんな、別のことで忙しい(笑)。
ある意味、都会的・日本的なマインドの壁があって入ってこれないでしょう。
人々が完全に信じて同調していないと、集合意識に作用しないだろうからね。

(ま、その代わり日本特有の精神的な問題があるけどね。)



次にバリに行く時は、改めて心の体を強く清くして、
マントラを忘れずに、胸張って行こう、と思った。

ある程度は精神の強さと心の軸の強さ、スキのなさではねかえせる場合もあるらしい。

そして、やっぱりサンスクリットのマントラは、ここでも治癒や武器になるそうだ。

心していこう。



2016年7月21日木曜日

MASAくんの屋久島リトリート、そして新作「ONE」


前回のわたくしのバリ島リトリートでアシスタントをしてくれたMASAくん。8月に屋久島でリトリートをします。
自然の中の清い波動を満喫しながら、心を休ませながら、
じっくりヨーガできそうですね。
オススメです。
環境を変えて、自然の中に身を置いて、エネルギーをチャージしてください。

まだ受付OKのようなのでシェアしました。
ぜひチェックしてみてください。

https://masamura-suzuki.squarespace.com/retreat/#/yakushima-retreat/




そんなMASAくんと、同じくダンサーの羽生田早穂ちゃんと、
本日ダンスリハーサルしてました。

8月7日(日)、浜松町カラバッシュにて「地球ファンタジアvol.2」やります。



今日は、新作「ONE」というダンス作品を作りました。


すごくゾクゾクするものができましたよ。


ヨーガ哲学好きな人にも見て欲しい。

プルシャとプラクリティを目に見えるところに出してみた感じ。



意識の中の「観るもの(一元)」と、「心」。

心を反映する「声」。

光と影、男と女という二元の絡み合い。


羽生田早穂さんが「声」、

MASAくんと靖世ちゃんが、陰・陽、心の動きを演じ、

私は、心の動き(二元)が動きだす最初のきっかけとなる「トリガー」を演じます。

楽しみにしていてください。

8月7日(日)です。
予約受付中です。






2016年6月23日木曜日

ギーター。幸福の中にいる幸福。



先日、自分がいつも担当しているLAVAのインストラクターさんたちに向けたヨーガスートラ講習とバガヴァッドギーターの講習に、

QuanYogaの恩師・後藤裕子先生が遊びに来てくださったのです。

楽し嬉しかったな〜〜。


ヨーガスートラは継続して長く教えてますが、インストラクターさんへの講習としてバガヴァッドギーターを取り上げるのは実は久しぶり。


裕子先生と、時期や参加する人たちのそこまでの歩みを図って、そろそろやってみようか、となったのです。




一人で読むのと、自分がグルの師や先輩の元で教わるのと、
自分が他の誰かに紹介や共有をするのは、
どれも素敵な時間ですが、それぞれに大きく違った作用があるように感じます。


自分で教える(と言ったらおこがましすぎですが、紹介する)のは、
自分自身を見つめる作業としても、かなり濃厚です。


教わっている時は、それこそ小鳥のような気持ちで教えを受けていることができるわけですが(笑)、
自分がみんなを少しづつリードしながら、読み進めたり、解釈を紹介したり、自分の見解を話してみたり、ということをしていると、


時々、話している最中に、


圧倒的な沈黙が心のもっと奥の方から迫ってくるのを感知します。


グルの心なんだと思います。

会ったことはなくても、もう生きてない人でも、

ヨーガを為してきたグルたちの、優しさの体現のような心が

私というアイデンティティーを溶かしながら広がってくるんだと思います。



これは、バガヴァッドギーターの時によくあるように感じます。


それでもうね、
「これを言葉になんかする必要ない」という

本当に圧倒的な諦めと安堵が迫ってくるんです。

そこには、まだまだ「話したい」自分とのギャップはあるんですね。

でもそのギャップに

「自分の言葉じゃない言葉」

みたいなものが流れ込んでくるのです。


それはとても幸せな時間で、
「私」ていう自意識をそんなにぎゅうぎゅうに持っていなくても、
ちゃんと「私」を生きることができるんだな〜
と思ったりします。


思想や古典の紹介したり話したりすると、
自分の中の成長とか過去の洞察とは違う変化なども向かい合うことができ、猛烈に濃厚な時間になります。


そういうのが、話し手にも聞き手の中にも深く深く起こっていくのが、ヨーガ思想の面白さ、幸福、だなあと思います。


裕子先生と

おもしろいね〜〜〜

おもしろすぎるよね〜〜〜

とワクワクしていた時間が、もっとも「おもしろかった」かも。笑

なんかもう、本当にギーターって、すごいんだよね〜〜〜。

いつ読んでも、驚くべき真理。








2016年6月8日水曜日

ダルマについて思うこと。


哲学の講習をしているとその中で、

「自分のダルマを知りたいです」

という風におっしゃる人が多いです。

その気持ちわかります。

ダルマは文脈によって色々な解釈ができるので、一言に言いにくいのですが、法、義務、摂理、場合によっては役割という感じなど、

確かに自分のこの世での役割や、言い方によっては使命みたいなものがわかったらと思う気持ちはわかるのですが

でも「わかろう」としてつかみ取れるものかどうかというと、なかなか意図してそうはできない気がします。


マインドはすぐにドラマを構築する癖があります。

その心の動きは曲者。

自然の摂理に「欲」は通じないから、

マインドで生成したドラマはあんまりうまく機能しない。




自分のダルマは、

 一生懸命に生きてみてること

 結果への期待を放棄すること

これらを同時にやり続けていると見えてくると思います。



でも・・・

そうやっていって”実際に”見えてくることは、


一生懸命に生きてみてることと結果への期待を放棄することそのものが、ダルマなんだなと感じる

(笑)!!!



「方法」だと思っていたこと自体が、存在意義であり目的だった。


だからこそあれこれ考えていた時には、ツールと目的の「誤差」ばかりが気になったんだ、と気づきます。


生き方が中途半端だからすべてが「途中」であり「未然」な感じがしていただけで、

なんであっても本気で生きて本気でやってみれば全てがダルマに叶う。


そう感じます。


だから「やりたいこと」を無理に探したりする必要はないと思うし

使命とかを探すよりも、

今を一生懸命生きて、心を開いていることの方が

ドラマチックな使命感で何かをするより「自然」だと感じる。



梅雨時期に入ったのか、気温も上がってきて

うちのベランダのコンクリートの隙間のわずかな土から

いろんな草がおもむろに生えてきました。

それが何の役に立ってるかわかりません。使命とかもわかりません。

でも、見ていると心が洗われます。

人の存在のそもそもってそういう感じじゃないかしら。

ダルマって、たいそうなことじゃなく

純粋に生きることなんじゃないかと思います。



い〜〜〜こと言った。
自分が好き。


EMIRI





2016年6月6日月曜日

心のおじいちゃん、佐保田先生。


昨日は、

ヨーガ哲学ティーチャーズトレーニング、初の「発展コース」を実施しました。

参加人数は程よい人数で、全員と対話できるいい人数だったこともあり
落ち着いた空気の中で学びを深めることができました。


発展コースは「入門初級コース」とは教材を変えて学習することも目的の一つです。

最初はまず一冊の解説本を大事に読むのがいいと思うのですが

段階が進んできたら別の解釈者の言葉にも踏み込んでみると

新たな角度であったり、または自分の思っていたところとは逆の見方など書いてあったりと、

それはすごく学びになります。

それぞれの歴代の注釈・解説者が「違うところ」に行きたいわけではなく、皆目指すところは同じななのですが

それぞれのグルの「視点」を通じてこの現象世界を見てみることで

自分自身の付着した色眼鏡とも言える心のフィルターを一枚一枚はがしていくことができますね。

昨日のコースでは、佐保田鶴治博士の「解説ヨーガスートラ」を使用しました。


この教材をつかえたこと自体が私にとって本当に光栄なことです。

もちろんいつでも使っても構わないものでしょうけど、でもね、自分の中で機が熟してきて、
佐保田先生の言葉を人に伝えるための私個人の精神力や準備ができたような気がしたのです。


佐保田先生の本は独特な語り口があり、日本語も決して簡単ではなく、
インド思想のみならず世界の宗教、とりわけ仏教の知識が豊富なので、ヨーガサンキヤと仏教との比較もことあるごとに出てきます。
私自身はそれほど詳しくない仏教用語がたくさん。

それでも、私自身のインド思想ヨーガ思想への理解が深まってきたので、佐保田先生の伝えようとしているところの「骨子」を見つめていられるようになったような気がしています。

自分の経験で一つ良かったなあと思うことは私自身は学生時代に日本の古文を専攻していたのと、オタク的に好きだったことで、
佐保田先生の日本語にも馴染みが早かったことです。
そういう一種古めかしい日本語が「大好き」だと感じること(笑)。
これはちょっとフェチっぽい感覚です(爆)。
でもある意味アドヴァンテージかもです。

結局、母語が理解できないと、読めないですからね。

学生時代の勉強は「好きだから」やってただけで、それが今の仕事や探求につながるとは予想してませんでしたが、何がどう功をそうするかわかんないですね。
そういう意味でも、好きなことは何でも学んでみたいなと、
まだまだ欲があります(笑)

あ〜、佐保田先生。ありがとう。日本にヨーガの真髄を伝えてくださったグルの一人。
生きておられたら、どんな風に今のこの世界を語るだろう。
そう思います。

肉体がなくなるのは、人間なのでやはり絶対的な恐怖の対象ではあります。頭ではわかっていても、身体が果てることは人間にとってはいつでも怖れを起こす原因になります。
賢人でさえも持つ、生命欲。

でも、この体を卒業して一つのソウルになった時、
佐保田先生のようなグルの魂にも肉体という制限なく会えるのかと思うと、それはそれでちょっと楽しみでもあるのです。

ずっと先生の本を読んでいると、自分のおじいちゃんのような気がしてくるのです(笑)
すごい親近感なのですが、この親近感こそが私のヨーガへの理解を深めてくれる一つの大事な要素でもあるのです。


鶴治おじいちゃん、いつか彼の地で会いましょう。
その時は、本にサインしてね。


日本の偉大なグル、佐保田先生に、瞑想します。


感謝。