EMIRI MOROKA -HEART MATRIX-

師岡絵美里のブログです♪


2019年10月28日月曜日

アヒンサー(非暴力)について考える



ヨーガ哲学の教えの中の超重要項目として「アヒンサー」というものがあります。非暴力・不殺生などと訳されます。他者への暴力的行為や、その発想自体を禁じています。



一般的にですが、目に見えてわかりやすい暴力ならば、そこまでいく前に自制が効いて行為に起こすまでは至らない場合もありますね。
「これはまずいだろ・・」と自分でも思うでしょうから、そういうわかりやすいレベルのものは自戒が起こると思います。(一般的な精神でしたら。)



しかし無意識に人を傷つけてしまうこともあるだろうし、また暴力だと思わないでやってしまっていることもあるわけです。

そこに気づくには、自分の見識を整えたり、心というものを常に見張っている冷静さが必要になりますね。



また、わかっていてもふるってしまうものもあると思います。

イライラして人に当たったり、外では人に優しくても相手が家族など近しい人になると、不満をそのまま露骨にぶつけてしまったり。


覚えておきたいのは、冷静さを失ったり自分しか見えていない状態になると、人は自分の思いや行為を正当化しようとします。


「怒っている時」というのは、どんな要素であっても「自分を正当化するための材料」にできてしまう勢いがあり、怒るのは当然であるという偏った思考に支配されている場合がほとんどです。そして相手にダメージを与えることに疑いのない心理状態になります。


こうなると、相手にダメージを与えたり、なんらかの納得がいく結果を結ぶまではなかなか落ち着かなかったりしますね。


そして目に見えている現象のほとんどが不満に見えてきます。







アヒンサーを実行するうえでの考え方で、よく紹介するのが以下の提案です。


「不満を解消するために他人を使わない」


不満が心の中にあったとしても、その不満を晴らすために他人をコントロールしたり、他人でうさ晴らしをしない。


テレビやインターネットを観て、その中にいる人に文句や誹謗をあたえるのも、(本人に届いてはいなかったとしても)自分のエネルギーを暴力的に使っていることであり、そういうあり方は実際に関わる人にも向けてしまいがちなので、おおいに気をつけたいところです。



解決を見出す努力や、調和的な心を持とうとせずに不満や誹謗だけをぶつけるのは、自分自身が怠惰な心のサイクルにいるのだと気づくことが大事だと感じます。


怒っても、なげやりにぶつけても、けして幸福にはならないということを認める必要がありますよね。



「不満を解消するために他人を使わない」

これ、ちょっとトイレの壁とか冷蔵庫とかに貼っておくといいかも(笑)


アヒンサーでした。


ナマステ




 


♬ヨーガ哲学の学びにご興味のある方はぜひ講座をチェックしてみてください。


================================
【楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学】
動画で学ぶヨーガ哲学入門コース
11月開催を募集中です。
2019年10月31日(木)まで最終募集です。
*配信スタートが11月3日(日)からです。
詳細:https://00m.in/WEpnp
================================

【ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース】
こちらのコースもおすすめです。
基本から実践、そしてさらなる考察まで、より時間をかけて学びます。オンラインでの授業で、講師から直接解説を聞けるスタイルです。
前半は基礎理論を履修し、後半はヨーガ教材の読み込みを進めています。探究的に学習したい方はぜひこちらをどうぞ。
「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」
詳細はサイトにてご覧ください
11月開催を募集中です。
2019年10月30日(水)まで最終募集です。
*初回授業が11月1日(金)21:00です
================================
*2コース受講の割引
「楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学」をご受講の方には「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」の割引特典もございます。新規で同時にお申し込みの場合にも適応されます。詳しくはサイトをご覧ください。
https://www.heartmatrix555.com/

最後までお読みくださりありがとうございます。

ナマステ
EMIRI

秋の音楽



サイトから発行しているメルマガで、好きな音楽アーティストのことを少し載せたら、もっと聞きたいと言ってくださる方がけっこういましたので♡
好きなアーティストについてをちょっと載せます。


洋楽で好きなアーティストもたくさんいますが、秋のこの季節はやっぱりR&Bやソウルミュージックがいいなあ。

ノラ・ジョーンズなんていかがでしょう。
アメリカ人ですが、お父さんはなななななんとインドで最も有名な音楽家と言ってもいい、かのシタール奏者ラヴィ・シャンカル。血がすごすぎて倒れそうになります(笑)。


デビューした時点ですごくシンプルに洗練されていた彼女のように思います。偉大なお父さんのもとで育った期間は短いのかもしれませんが、彼女の中におそしいほどに音楽的才能が凝縮されているのだなあと感じざるおえないです。

幼い頃の両親の離婚と、彼女の幼少期の孤独、少女時代の音楽的好奇心とそれを補うアーティストたちとの出会い、そして音楽に対する生来の安定感なのか、はたまた人生経験の豊富さなのか、ノスタルジックで時に突き抜ける歌声に彼女の多くの魅力が表れています。

そしてなにより彼女の姿が美しいので、ライブ映像のリンクを載せておきます。

Norah Jones
https://youtu.be/tUEJkwA1VI4

みなさんはどんな音楽が好きですか。


2019年10月25日金曜日

金木犀と韓流おんがく。



こんにちは。師岡絵美里です。


ご愛読ありがとうございます。
 
なんとなくいろいろとあっという間にすぎる日々でした。

そうこうしているうちに、冬っぽい気配が濃くなってきました。


この時期私の住む街は金木犀の香りにあふれていて、大好きな季節のひとつです。
なんて心が落ち着く香りなんだろう、と。

少し窓を開けて金木犀の香りの中で書いています。

あまり取り上げてきませんでしたが、ちょっと音楽の話を。


好きなアーティストはたくさんいますが、その時のバイオリズムによって聴くものは変わりますよね。


最近よく聴くのが、韓国のアーティストのTea yeonです。(少し前の大人気アイドルグループのメンバーですが、歌唱力高すぎでアイドルにおさまれないところがたまらなく好き。
彼女のバラードがとっても好きです。

♬Rain
https://youtu.be/eHir_vB1RUI

この時期の香りにぴったり。ほかにもいい曲たくさん。


みなさんはどんな音楽が好きですか。

2019年10月1日火曜日

心の科学としてのヨーガ哲学


心の科学としてのヨーガ哲学


私の領分である「ヨーガ哲学」って「真理探求」なのですが、そのプロセスの中で必ず通らなくてはいけないところが「心理」です。


ヨーガ哲学は最終的には真理を獲得していきたいという道のりなのですが、実際に多くの時間と考察を重ねて解析する領域は「人の心」で、その作業は「人の心に関するエネルギー学」と言ってもいいものだと感じます。


ヨーガの教える「物理理論」のもとに、心というものを解析していきますと、一見ヨーガと関係なさそうなこの世界の様々な事象がヨーガ的思考のための検証対象になってきます。


人間の心のエネルギーがどのように動いているのかが検証対象になるので、社会情勢なんかはもうその筆頭になってきますね。


この検証が一般的な認識作業とやや違うのは、見る際に感情が介入しない(感情がなくなるわけじゃなく感情優先で観ない)、ジャッジなき考察をするところにあると思います。そういう意味でもヨーガ哲学とはとても科学的な姿勢で行われる作業で、好き嫌いとか肯定否定、善悪とか優劣というジャッジなしに見ていくのですね。



こういう思考方法に長年親しんでもはや慣れてくると、日常にもけっこうな恩恵があります。


そのひとつが、人のことをむやみにジャッジしなくなることです。好きとか嫌いだけが先行することがなくなり、感情にハンドルを握られることが少なくなっていくことです。



時々、ヨーガ哲学に興味を持ち始めたばかりという段階の生徒さんに言われることがあります。


「ヨーガで推奨されているような教えができてしまうと、感情がなくなってしまうのですか?」


と。


この質問にはほとんどの場合、
「それはなんかいやだなあ、感情は味わいたいよ」
という思いや、人生の喜びや人間らしさも失うことのように感じている感触が伝わってきます。



現代人の感覚ですと発想にもないことかもしれないのですが、感情を自由に使う、使いたい時には使うし、出てこなくていい(出てこない方がいい)場合は制御する、ということがヨーガの訓練の中で可能になっていくので、今は喜びたいと思ったら感情を使えばいいのです。古代の卓越したリシ(聖仙)たちがとっていた精神的態度です。


とはいえ、そんな心理的なコントロールができるようになってしまうレベルに達する頃には、「喜び」や「悲しみ」などの定義も高次のものに変わっているので、実際は感情的になることを欲さなくなると思います。


感情の後ろに隠されているとても静かな心があり、そこにいることのほうが魅力的になってきます。


そこにアクセスすることができるということを多くの人に知ってもらいたい。そう思います。


ヨーガ哲学は初歩の段階でも心の保ち方に役立つ教えがたくさんあります。むずかしそう、というイメージもあるかもしれないですが、一歩踏み込むとそこには新しい世界が開かれています。


♫共に学びたい方はぜひ講座をチェックしてみてください。




<受付中のヨーガ哲学講座>

「楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学」オンラインコース
10月開催がもうすぐ受付終了になります。
詳細はサイトにてご覧ください。


「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」
基礎理論からの発展、経典読解など、ヨーガ哲学を深く長く学び取り組みたい方には「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」
現在早割にて11月開催を募集中です

2019年9月29日日曜日

質問・相談コーナー「甘いものを食べすぎてしまう」


生徒さんからの質問・相談コーナー


Q:甘いものを食べすぎてしまうのをやめるにはどうしたらいいですか。

はい。



<肉体的アドバイス>

身体的なこととして。

実は甘いものじゃなくて、塩分、ミネラルが不足しているという可能性があるかもしれないですよ。甘いものが食べたくなったらまず水を飲んで、そしてちょっとしょっぱいものを(たくさんじゃなくね)つまんでみるといいかもしれないです。


甘いものを食べるにしても「ちょっとにしておく」ことができるといいですよね。一袋開けちゃう、とかじゃなくw


そんな時に思い出してほしいのは、脳に酸素を送ること。脳の酸欠や血液不足をごまかしたいために甘いものがほしくなっている可能性あり。
知っているものでいいので呼吸法を5分やって新たな酸素を送り込んでください。

甘いものは悪じゃない。摂りすぎは体に良くないことと、その依存性の高さにやられてしまうのが問題なのですな。







<心理的アドバイス>

壮大な視野に持ち込む作戦、あるいは懐柔は蜜よりも甘し。



「甘いものを食べる」という習慣ではなく、「甘いものが食べたいと思うこと(欲しがること)」が習慣になっているケースが多いと思うのです。食べちゃう理由ってこれが一番のような気がします。

気持ちの癖、ですね。


甘いものを買いそうになったり、見てしまった時に、

「あ、要らないものだ」

と最初は無理やりにでも思ってみてください(笑)。

どん〜〜どん、大げさに考えるといいです。


「あ、要らないものだ」


「あ、要らないものがこんなにもたくさん並んでいる」


「あ、要らないものなんだけど、さも要るように広告されている」


「あ!要らないものなのに、こんなにも人は手にとっていく」


「パッケージの写真を見ただけで、味覚が反応し脳内の分泌に変化が起こるという感覚的な体験はもうすでに始まっているのだ・・・だから手にとってしまうのだ・・・」


「むうううう・・・要らないものを要るを思わせている権力が、この世界にはたしかにある・・・」


「踊らされてはいけない。“甘いもの”は表層に現れたシンボルにすぎない。私たちは人生にさほど必要なく、もっと言えば思考停止に陥って本当に必要なものを見失う麻薬を、必要なものだと思い込まされているのだ。」


「わたしたちは感覚を麻痺させて制御するという支配構造の中にはまっている・・・しかしそのわなに自ら入っていっているのは・・・

わたしたち自身じゃないか・・・!」


「おお!神よ・・・・」




はい。
このくらいいきましょう。習慣に勝つには習慣を圧倒するほどのインパクトが大事です。

アホみたいだけどやってみてください。
お菓子ひとつ買うにも、だんだんと「問題」を抽象化していきます。

なにをおおげさな、と言うだけの人は変わらず習慣と感覚の奴隷でしょう。ばかばかしくてもやってみる人だけに、その人に必要な気づきと変化は与えれます。




と言いつつ私だって完全に甘いものなしじゃないし、美味しく感じることもよくあります。

和菓子系のしっとりした甘さが好きだ!

でもね、ちょっとでいいし、たまにでいいので、甘いものの食べたさにに束縛されている感じはないんですよね。なのでそんな大問題じゃないし、想念の煩わしさはないのです。


甘いものを欲してしまう時、甘いものからの束縛感や、服従してしまう感覚が「苦」なのだと思います。



だったらもうこっちが甘いものを征服してやればいいです。

(極端な発想)



甘いものが目の前にあったら言ってやったらいいですよ。


「なるほど、君はそんなに甘いものなのか。じゃあそのままそこでじっとしていなさい。私は君が甘いという理由だけで食べたりはしないから心配することはない。そこで自由に甘くあれ。いずれ他の人間に必要とされるであろう。」



とかね。もう上から目線ですよ(笑)。

てゆうかこれ、甘いものを服従させるのではなく、自分の思考の操作ですね(笑)。

だいたいのことをユーモアで乗り切る、ということで。あはは。







<真理的アドバイス>

ヨーガの精神性でアドバイスします。



バガヴァッドギーター3章より

「神々の祭祀に捧げないで与えられたものだけを享受するものは盗賊に他ならぬ。

祭祀(祈りとしての行為)の残りものを食べる善人はすべての罪悪から解放される。

しかし自分のためだけに調理する悪人は罪を食べる。」





ここに出てくる「祭祀(さいし)」というのは、神に祈りを捧げる行為のことでありその儀式をさします。



まず自分の家に「祭壇」を作ってください。
祀る神様はご自分の信仰や好きな対象でいいです。

祭壇に「甘いもの」をいったん置きましょう。

世界の中心は自分ではなく、自分は世界そのものの運行に参加していて、それは大いなる存在によって生み出され支えられ、そして肉体と魂の人生は宇宙や地球環境に支えられている、それが自分であることを考えてください。


その他なんでも、自分のことはちょっとおいといて、この世界に祈ってみてください。


そのあとで、祭壇に捧げた「甘いもの」を


「祭祀の残りものをいただく」



という発想で食べてください。

やってみてください。自分の五感を満たそうと貪る気持ちがなくなっていると思います。


ギーターのこの節は、「食べる」ということをその他すべての「行為」の象徴として語っているので、食べることのみを言っているのではありません。


食べるも含めて「行為」が無知(真理から遠ざかる質)に置かれていると、それは罪悪(真理から遠ざかる結果)になります。


祭壇までいかなくても、食べる前に手を合わせて祈ってみてください。外出先でも可能ですね。

五感を満たそうとする欲求から心を引き離した瞬間を少し持つだけでも、貪る気持ちが薄まって、そのあとの行為の質を変えてくれるはずです。



まあね〜〜〜、甘いもの食べるために祈ったり儀式したりwww
だい〜〜ぶおおげさに感じるかもしれないですが、でもそのくらいおおげさにやってみるといいと思いますよ。

ちょっとやそっと気をつけようと思っても、これまでの習慣や味覚の快楽に巻き込まれてしまうようであれば、このくらい非日常的でインパクトのあるおおげささで発想の転換くらいしないと、やっぱり五感って強いので簡単に変えられないと思います。





<まとめ>

「甘いものが好き」と「甘いものを食べるのがやめられない」は別のことですよね。でもなんかいっしょくたになっちゃって「だって好きなんだももももん」とか言ってしまうともう、誰もなんも言えなくなります。後者の方は、ようは「不自由」に困っているのです。感覚に支配されちゃっているので不自由なのです。

そこをよく考えて、いったい何を満たしたいがために感覚を満たすのかを考えてみてください。

なんであれ「癖」に流れるというのは、けっこう不自由なものです。




というわけで、甘いものはおいしい。そこは否定せずでいいと思います。マロンな秋ですね❤️

namaste
 EMIRI

考える事の必要性ー知識は浄化の火ー


オンラインで行っているヨーガ哲学のコースでは、参加者の方に学習と考察のレポートを送っていただいているのですが、そこで多くあがってくるのは「視点」や「物の見方の変化」です。


最初のうちは「自分の心」というものをどう見るか、というところが多いです。悩んでいたことや考えていたことに対して、ヨーガ哲学の観点からの考える材料が入ってくるので、まずはやっぱり自分のことを考えますね。


それはとてもいいことだと思うし大きな恩恵だと思います。ヨーガ哲学が力を発揮できるところのひとつが「個人の心の救済」だとつくづく感じます。


なのですが、もちろん自分のことを考えることも続きながらも、だんだんと「今生きているこの社会って本質的にどうなってるの?」というところにもヨーガ哲学の視点が与えられてきます。これは、よいだけではなく必要なことだと感じます。


ヨーガ哲学の観点が入ると、社会についての見方もそれまでと変わってきて「今まで見えていなかったもの」が見えてきます。


「今まで見えていなかったもの」が見えてくると、またそこで疑問も湧くし、ものによっては葛藤も湧くのですが、それらが湧くというのはいいことで、そこから考えていこうというきっかけになります。


逆の言い方をすると、「当たり前」と思わされ、考えることもなく思考停止し、長いものに巻かれていた人生に気づくんですよね。


これは本当に人生に重要なことで、「これが普通」と片付けたり「当たり前」に迎合し、それにすら気づいていない事は、最終的には危険なんですよね。どんどん歳だけをとって、自分で考えることができなくなります。ないしは既存の考え方のパターンでしか考えられず、今までその考え方でうまくいっていないからこそ悩みや苦悩が消えていないのに、まだその考えを捨てていないという事実にも気づきにくくなります。そうなると文句や嘆きしか言えなくなったり、被害者のような気持ちになっていきます。
長い年月をかけて。


人間はやはり学び続けることが必要で、それは「救済」になると感じます。

ヨーガ哲学でなくてもいいのですが、今まで学んだことがなかったものを学ぶのは、自分のことにせよ世界のことにせよ、見る目線を更新し考える能力を与えてくれます。


ヨーガの経典「バガヴァッドギーター」では「知識は浄化の火」と語ります。本当の知識は思考の汚染を払ってくれる火であり光なんですね。

そんなことを常々、つくづく感じています。


♫共に学びたい方はぜひ講座をチェックしてみてください。





「楽しく学ぶはじめてのヨーガ哲学」
オンラインコース
10月開催がもうすぐ受付終了になります。
最終募集と割引は2019年9月30日(月)24:00まで
詳細はサイトにてご覧ください。



こちらも募集中です。
「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」

基礎理論からの発展、経典読解など、ヨーガ哲学を深く長く学び取り組みたい方には「ヨーガ哲学理論と実践6ヶ月集中コース」もご用意しています。現在早割にて11月開催を募集中です。
早割:2019年9月30日(月)24:00まで

2019年8月30日金曜日

ピースな健康(婦人科系の健康診断に行ってスカッと問題なかったの件)



少し前に婦人科系の健康診断を受けて色々検査をしていただいたのですが、その結果が書面で届きました。


なんもまったく問題なしで(笑)、改めてヨーガに感謝した次第であります。



思うに・・・
思い込みも強く、「筋肉伸ばして動かして健康やん!!」とか「ヨーガの呼吸法はすごい効くんだもん!!」と心の底から思っているので、それもいいのかと思います。
信仰で健康。




思考が体や健康状態に多大に影響している、というのはいろいろな側面で感じることなのですが、5年ほど前かな、南インドに行った時に、アシュラムの中にあるアーユルヴェーダセンターで脈診を受けました。
(診断は英語で受けることができまっせ♩インドの現地語話せなくても問題なく受診できます。)



本場での本格的なアーユルヴェーダ診断は初めてだったので、どんなこと言われるかな〜と少しかまえてもいたのですが、女医さんは開口一番に、親指をグッと立て



「So strong.」



と(笑)。


「え? それだけ??w」


というリアクションをしたら、


「あなたはマインドがカファだからすっごい健康なの。思考がピースでしょ。だから体がとても強いの。」


と女医さんに言われました。


ちなみに・・「脈」だけでそれがわかるアーユルヴェーダってすごいですね。。。




カファ(カパ)とは、アーユルヴェーダの観点において「地」と「水」の要素からなる性質で、メンタルがカファというのは、良く出る場合は、落ち着き、愛情深さ、寛大、献身、平和主義、という性質です。


(カファが過剰になると今度は過敏症になったり自己否定に行ったり自責感が強くなりすぎるようです。バランスなんですね。)




マインドがカファ、思考が平和であることが私の体の健康にとって大きな土台になっているんだなあと感動しました。本場のアーユルヴェーダの医師にスカッと言われるとハートにバシッと来ますね〜。
やっぱり気持ちとか思いっていうのが体の状態を決めるんだ、と改めて思ったのでした。




体のことであまり相談するほどの大きな悩みがなかったのですが、せっかくお話をさせてもらえる機会だったので、あえてむりくり相談を絞り出してwww

「手先がけっこう荒れやすかったりするんですけど・・それは・・」とか聞いてみたら、

「ああ、ちょっと菌に反応してるだけ。」とwwwwww
それだけ。

ひねり出してもそんなもんでした。



それから何年か経っていて、その間に人生にもいろいろなことがあり、まったく葛藤も摩擦もない日々だったかというとそうではないし、その間に仕事のいろいろや、考えるべきことが増えたり、わたしなりにいろいろあったのですが、それでもやっぱりマインドが平和主義で基本的に楽天的っていうのが健康にいいのかもしれないです。婦人科系のいろいろな検査を受けて改めて思いました。





しかし〜〜〜、思ったのは、婦人科クリニック、すごーーーーーーーーーく混んでますね!!

平日の午前の早い時間、予約して行っても長く待ちました。
待合室は狭いわけじゃないしたくさんイスがあったのですが、それでも立って待つ人もあふれていました。
妊婦さんの検診もやっているクリニックだったので多いのはわかるのですが、妊娠以外の理由で受診を必要としている人もとても多いのだろうなあと思いました。
みんないろいろ抱えて生きているんだなあ・・って。




病が悪ではないし、不調から学ぶこともあるけれど、なるべく健康がいいです。



女性の体の健康については日々いろいろ考えていて、日々のヨーガのクラスの中に盛り込んでいます。私なりに貢献できる位置にいれて本当に幸せだなあと感じます。




そして・・・

体を動かすのはよいことです。

ほんとに心底そう思います。

みなさんも、自分にあった運動を見つけて体を動かす日々を作ってくださいね!





Namaste
EMIRI