EMIRI MOROKA -HEART MATRIX-

師岡絵美里のブログです♪


2015年12月21日月曜日

バリ島へのいざないvol,5「パンチャコーシャとヨーガの八支則」




■Detail
日程:2016年3月13日〜18日(5泊6日)
場所:バリ島・ウブド
講師:師岡絵美里 
アシスタント講師:鈴木正村
参加費用:110,000円 早割期間延長しました!2016年1月15日(20:00)まで早割100,000円にて受付中



前回までの記事で「パンチャコーシャ(人間五層論)」のことを概要的に書きました。

今日は、パンチャコーシャ論とヨーガの八支則について

書こうかな。

パンチャコーシャ論とヨーガの八支則はそれぞれに呼応した理論です。

肉体の層であるアンナマヤコーシャ(食物鞘)と、八支則のヤマ・ニヤマ・アーサナのあたりまでが関連しています。

たしかに、ヤマ・ニヤマなどは特に、人の具体的な生き方や身体活動の整え方ですので、肉体の層であるアンナマヤコーシャのコンディションに直結しそう、と想像できると思います。

そんな感じで、それぞれのコーシャがそれぞれの支則に段階を追って対応しています。

じゃあそれで、それを知ったところで「何が」わかるのか、

さらには、現代を生きる私たちに「どんな」有用性があるのか、

そこがみなさんの気になるところだと思います。

本当は、そういった期待なく踏み込んでいけるといいんですが(笑)、私たちはインドに生まれてインド思想になんの抵抗もなく育った人間ではないので、その入り口においては「なにに効くのか」が知りたいのも当然かなと思います。



私が感じているところを書きます。

それは、この理論を知っているのと知らないのでは、
他者の気持ちやコンディションへの理解度が大きく異なる。
ということです。

もちろん、他人のことはすべてはわかりません。
その人の気持ちや感覚は、本当の意味ではその人だけが完全に体験するものです。

しかし、パンチャコーシャというヨーガの理論を知ることで、
「人の意識の構造」についての理解が進みます。

それは、自分というものを客観的に理解することでもあります。

それはやっぱり、他者のことも知るということにつながります。

「人というのは、それぞれの人生の中でそれぞれに持ち寄ったエネルギーとデータを使って、いろんなことをする生き物なんだな」

ということが、身体の内観で理解して行く感じです。

たとえば、内視鏡で自分の胃の中を観た人は、

「ああ、今までいろいろ暴飲暴食やどうでもいいものを食べたりしたけれど、こんなにきれいな状態で今も働いているいる、胃よ!」

という感慨を持つじゃないですか☆

もしくは、実際に目で見てみて、自分の体内がひどい状態だったら、
一目散に生活を改めますよね!

(「一目散に」、の使い方は間違っています。笑。それくらいの勢いで、という意味です。)



パンチャコーシャ理論のおもしろさや良さってそういう感じだと私は思っています。

自分自身へのリアリティが高まる事で、「愛」へのリアリティがとても鮮明になるのです。


人は、愛を生きたいのですよね。

でも人と人との関係の中で、必ずしも純粋な愛だけを表現できるかというとそうでもないので葛藤や摩擦がおきます。


ヨーガの哲学や古代の人間論を知ることで、
私たち現代人が少しでも「優しさ」と「愛」に根ざして生きることができればと思います。



もうひとつ。

ヨーガの八支則って、いったいなんのために実質する必要があるんだとう、という根本的な問いかけは大事です。

小さい子どもだったら、「こうしなさい。いいことだから。」で、「はーい」と実行できるかもしれないけれど(そうしない子もいるけど、笑)、

でも大人は思考のレベルで納得して行う必要があります。


ヨーガの八支則は、仮にあなたが「解脱」めいたものを目指していなかったとしても、人生にとってとても重要な「力」をもたらします。

それは「ヴィヴェーカ(識別智)」です。

自分自身の持ち合わせているマインドや行動が、
果たしてそれが真理へとつながるベクトルを持っているのか、もしくはそうではなく心の苦悩の方向に行くものなのか。
それを瞬時に感知する冴え渡った知性です。

パンチャコーシャ論もまた、“自分自身の構造”を知る叡智ですので、
自分の思考や行動の「出所」を検索することが、だんだんとできるようになっていくます。だんだんとね。

もちろん聞いただけじゃダメですし、ヨーガは即席でなにかを為す行法ではありません。


いずれにせよ「知識」を得たら、そこからの意識的な生き方がものを言います。

でも!

知らないのに意識するのは無理です。

だからコツコツと伝えています。


ぜひバリでお会いしましょう。





















■Detail
日程:2016年3月13日〜18日(5泊6日)
場所:バリ島・ウブド
講師:師岡絵美里 
アシスタント講師:鈴木正村
参加費用:110,000円 早割期間延長しました!2016年1月15日(20:00)まで早割100,000円にて受付中




2015年12月17日木曜日

バリ島へのいざない vol.4 「パンチャ・コーシャと真我 」


バリ島へのいざない vol.4 「パンチャ・コーシャと真我 」

こんにちは。師岡絵美里です。

来年のバリ島ではフィジカルなヨーガだけではなく、
みなさんの人生に役立つヨーガ哲学もレクチャーします。

前回のリトリートでは「カルマとダルマ」ということをテーマにお話しました。

次回の来年3月は「パンチャコーシャ(身体五層説)」です。

ヨーガ哲学の基礎となるヴェーダにおいては、 生命は「意識」から知性や感情・心が初めに生み出され、末端である肉体が最後に創りだされるものと考え られています。また、その生命の構造を「人体五層論」で説明しています。(「タイッティリーヤ・ウパニ シャッド」)それを『パンチャ・コーシャ』 と言います。 


『パンチャ・コーシャ』について日本語で読める書籍では、写真の「魂の科学」などです。秀逸な本です。


 でもね・・・・



下の写真。
この図だけで“なるほどね〜〜”とわかる人は、もうそうとう瞑想なり意識の内面への旅が進んでいる人ですよね・・



ヨーガが好きでなおかつ読書が好きな人なら、中の文は読めるとはおもいますが、内容がわかるところまで行くのは、かなり遠いのではないかしら。。。

ましてや読み慣れてない方には、ちんぷんかんぷんだとも思います。

そしてこの本、すっごい分厚いです。




アグレッシヴなあなたは、もうすぐにでもAmazonで買おうとしてるかもしれないですが(笑)、もちろん手元に置くのも悪くないですが、本棚の肥やしにならないようにご注意ください。


おすすめは。
一回レクチャーを聞くとかなり読みやすくなると思います!!
そういった意味でも、独学だけではなく講義の場に身を置いていただくとヨーガの学びが進むと思います。


さてパンチャコーシャの内容について。

よかったら前回の記事も読んでみてください。その続きのお話です。


人というものは、その本質である「真我(プルシャ、アートマン)」を包み込む「5つの鞘」によって成り立っている と説かれています。 


「5つの鞘」は、3つの階層(3つの身体)に分けられます。

①原因の身体=原因身/コーザル体
パンチャコーシャだと歓喜鞘(アーナンダマヤコーシャ)

②微細な身体=微細身/アストラル体
パンチャコーシャだと理知鞘(ギャナマヤコーシャ)と意思鞘(マノマヤコーシャ)

③粗大な身体=粗大身/肉体
パンチャコーシャだと食物鞘(アンナマヤコーシャ)と生気鞘(プラーナマヤコーシャ)


とまあ、言葉だけでこう言われてもやっぱりよくわからないですよね。

だからなに??という感じだと思います(笑)


日常的なところでぜひ知ってもらいたいのは、
意識のそれぞれの層、それぞれの段階においての健康・幸福がある、ということです。

現代の社会での価値観は、表面や物質的側面での「満足」が重要視されがちです。パンチャコーシャの説で言うと、粗大身の領域の健康と幸福がもっとも一般的に「手に入れたいもの」。

でも、私たちが本当に幸福を感じられるのは、なにか物質的な要求が叶った時ではなく、自己存在そのものが肯定される時、です。

ヨーガにおいては、ある特定の部分(期間・領域)だけを満たすものはいつか変化して消滅するものと捉え、恒久的な本来の自己(完全性)を思い出しそこに帰還することを大切にします。

私たちが本当に本当に自分自身の完全さに気づくというのが完全な健康です。その時、現段階で不完全に感じる事柄も、一様に寛大な意識の中にとけ、欠点・欠落・損傷・破損・不均衡だと思っていたものたちが起こす騒音と葛藤が消滅します。

私たちは本来みな完全なんですね。

ちょっと難しくなる感じるかもしれないですが、次回のバリ島でのリトリートではそういった理論を、なるべくわかりやすく、なるべく実践できることを話しているきますね。





すごい余談。

今年の6月にダンスの舞台をしたんですが、その時に大塚靖世ちゃんの演目で「十六歳」というナンバーを共同制作しました。

メインで踊るのは靖世ちゃんなんですが、私も演出の一部としてステージにいました。
十六歳の妹の何歳か上の姉、という設定で。

妹はまず外見のよさや何を着るか、そして自分が人からどう観られているかなどを気にするかわいい女子の設定です。(でも最後の方でだんだん「女」になってく設定。)

私はいつも本を読んでいるタイプの姉役で、
時々、自己顕示欲満載な妹に声をかけられては読書を中断させられる、という位置づけでした。

でね、この時ステージ上で読んでた本、

冒頭に載せた「魂の科学」です(笑)

ふふふ。本当に読んでました(爆)。







「幻祭前夜〜マハーバーラタより〜」を観て

吉祥寺シアターで素晴らしい舞台を見て来ました。



小池博史ブリッジプロジジェクト汎アジア計画

「幻祭前夜〜マハーバーラタより〜」





いつもダンスのためのステージ衣装を買っているお店から来るダイレクトメールでこの舞台を知りました。

そのご縁にもなんとも言えない感謝です。ほんとに知れてよかった〜〜。




娘と、ダンス&ヨーガ仲間の大塚靖世ちゃんを誘って。




これねーー、とりあえず自分の範囲で言いますと、ヨガやってる人にもっとお知らせすればよかったなあと思った。もう昨日で終わりなので遅いんだけど。




バガヴァットギーター(「マハーバーラタ」の中の有名なお話でヨーガ経典でもある)を本で読んでもよくわからない、という人もけっこういると思います。そんな方々にも観てもらいたい。

もちろん今回の舞台としての演出があるのですが、そうだとしても、人間の肉感的な動きと共に観る物語は、ほんとにすごいインパクトですよ。











今回の舞台は、マハーバーラタのテーマでもありますが、



「人はなぜ生きるのか」



そして



「どう生きたいのか」




というところを抜き差しならないレベルでえぐられる、大迫力の舞台哲学でした。




私はけっこう感想を言葉にするのが得意だし早い方だと思うのですが、

終演後、ロビーにいらした出演者の方に、ただただ「良かったです!」としか言えなかった(笑)。言葉じゃないんですよね。




そして、こういう古典を再現した舞台というのは、内容をもともと知っていても毎回新しく新鮮に感化されるものです。




今回の舞台を観ていて感じたのは、アジア人に生まれて心底よかった・・・という民族性への回帰感。




でもこれは他の民族性との比較や優劣の感覚ではなく、

アジア人としての自分だからこそできる「何か」に対して、

私の中の深い深いところが喜んでいる、それがわかるというだけです。




この舞台、いろーんな工夫がされていました。




それぞれの出演者さんが一人何役も演じていたます。少なくとも二役は確実で、多い人で4役も、

さらに〜〜、その役どころの衣装の早替えを舞台上でやったりします。

よって演者さんのデハケはほとんどない、あってもまたすぐ違う役で出てくる。

これは出演者としてはものすごいエネルギーと集中力を要しますよね。

裏にひっこんだ隙に調整して出直す、ということがないんですから。

想像できるだけに恐ろしい(笑)

でも、自分もやれと言われたら絶対やるな。挑戦しがいがある。




他にも、役どころが変わると、物語上の「敵・味方」の所属も変わってるしまうのですわ。これも大変な切り替えだと思います。

出演者の魂およびカルマレベルでの「強さ」を引き出させられる演出や構成だったのではないかと思います。







帰りに大塚靖世ちゃんと、満たされた気持ちで感想を話しながら帰りました。こんな時間も幸せです。

たくさん刺激をもらったので、来年の私たちの表現活動にも大きく活かされると思います。




まだまだ書きたいことがありますが。

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詳細:小池博史ブリッジプロジジェクト汎アジア計画

「幻祭前夜〜マハーバーラタより〜」

http://kikh.com/mahabharata/#pagetop








最後に。




私のバリ島でのヨーガリトリートでも、インド古典であるマハーバーラタやラーマーヤナの演目を観に行きます。

私が好きなので、というのが一番の動機かもしれないですが(笑)、

ヨーガにはいろんな学び方があり、自分自身の人生を知るうえで「物語」というものたいへん役立ちます。

「物語」が引き出してくれるのは、私たちひとりひとりの潜在的な「魂のシンボル」なんです。




マハーバーラタやラーマーヤナは元祖はインドなんですが、バリにはサンスクリットの文化が強く根付いていて、独自の色彩と情緒を生み出しています。鑑賞の前に簡単に解説もしますので、興味がありましたら、よかったら一緒に行きましょうね。








今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

ナマステ。












2015年12月14日月曜日

バリ島へのいざないvol.3「パンチャ・コーシャ」


来年(2016年)3月のバリ島でのリトリートでは、
ヨーガの身体論でもとても重要な「パンチャ・コーシャ」を取り上げます。

この「パンチャ・コーシャ」のお話はそれなりに時間がかかるので、同じメンバーと一緒にいれる機会であるリトリートの中で、アーサナプラクティスの間に入れて行くかたちで進めるにはちょうどいい!と思ったしだいです。

なにせ究極的な「内観」においての世界を理論的に解いていますので、サラッと解説して終了、だとぜんぜん残らないと思います。
そして、普段から集中的な瞑想をしてないと、なかなか感覚的もわからないと思うのです。(インド思想ってほぼそうだけど。)

でも、とても面白いのものなので、
初めて聞く人にもなるべくわかりやすく、
今までやってきたヨーガとこの先のヨーガがつながるように、
入り口として入りやすいように、
お話していこうと思っています。

なので、興味がある湧いて、自分のこととして感じられるようなリアリティでお話しようと思ってます。
これ知ると、八支則とかチャクラシステムなどのヨーガ理論も「横のつながり」を得て、あらためて「だから八支則ではそう言ってるんだ!」的ななーるほど!が待ってますよ。

とは言え初めて聞く人にはまずもうすこし予備知識人が必要と思うので、興味を持ってもらうためにもちょっと話します・


「パンチャ・コーシャ」とは、人間の存在(意識)を五層の鞘(さや)として説明している理論です。

それは、ヴェーダの哲学的集大成とも言える『ウパニシャッド』の中の
「タイッテリーヤ・ウパニシャッド」に記されています。

この「パンチャコーシャ」の理論では、人間の存在は5つの層で構成されていると考えます。

パンチャは「5」という意味で、コーシャは「鞘(覆っているもの)」といった意味合いですね。

この5つの層の一番外側は、「肉体」を表しています。
そしてだんだんと内側に向かって、生気、意、知、歓喜、といった具合に精神原理の層になっていきます。


パンチャコーシャ論の前に、ヨーガの考え方の基礎的なところから行きますと、

ヨーガスートラの思想の基盤となっているサーンキヤの理論でも言われるように、ヨーガ(つまりインド思想)の考え方においての「物質」とは「現象」のことを指します。

私たちは、通常時の思考では、“目で見たり触ったりできるもの”や、身体の五感で確認できるもののことを指して「物質」と言うと思います。一般的に。

でもインド古来の考え方では、目に見えないものも触れないものも、
現象としてあるものが「物質」です。

あなたの「気持ち」も物質だし、その「考え」も物質だし、
「心(mind)」も内蔵などと同じような「器官」でありそれも物質的な現れのひとつなんですね。

物質は、ある特定のコンディション(概念)を集約させて密度を保って存在してるもの、とも言えます。

その「密度」の違いで、目で見えるか見えないかや触れるか触れないかなどの違いが生じています。

その「違い」は、粗大か微細かで表現されます。

パンチャコーシャに話に戻りますと、五層の鞘はこういった風に説明されます。




歓喜鞘(アーナンダマヤコーシャ) :存在の本質の層

理知鞘(ギャナマヤコーシャ):知性の層

意思鞘(マノマヤコーシャ) :心(意)の層

生気鞘(プラーナマヤコーシャ) :気の層

↓↑
食物鞘(アンナマヤコーシャ) :食物連鎖の層・肉体


矢印が下向きに向かうほど、粗大となり

矢印が上向きに向かうほど、微細となり

一番上に書いた「歓喜(アーナンダ)」というのが、私たちの存在・意識の本質である純粋意識プルシャ(アートマン)を支えている鞘です。



とりあえず今日はここまで。

バリでのリトリートで詳しくお話します。




 師岡絵美里のスピリチュアルヨーガリトリートinバリ





■Detail
日程:2016年3月13日〜18日(5泊6日)
場所:バリ島・ウブド
講師:師岡絵美里 
アシスタント講師:鈴木正村
参加費用:110,000円 早割期間延長しました!2016年1月15日(20:00)まで早割100,000円にて受付中





2015年12月13日日曜日

ヴィカルパ(妄想・錯覚)からの考察




YS-I-5
 「心の作用には五種類あり、それらは、苦痛に満ちたもの、あるいは苦痛なきものである。」



YS-I-6
 「それらは、正知、誤解、ことばによる錯覚、睡眠、そして記憶である。」




ヨーガスートラ第一章の最初にでてきます。


「ことばによる錯覚」は「ヴィカルパ」と言いますが、

妄想、とも呼べます。


ーーー

先日、インストラクターさん向けのヨーガスートラの講習でこの節をとりあげました。

自分の思考がどういった「機能」を持ち、どういった「原理」で働いているかを理解するのがヨーガスートラ第一章の醍醐味です。

ここを通らないでむやみに「ヨーガの八支則」ばかりをやろうやろうと追いかけても、うまくいかないんです。

動機がわかっていないのに規則だけを全うしようとしてもうまくいかないからです。

ヨーガやってるなら八支則守ろうね、

だけじゃだめなわけです。

だって大人ですから。
理由を知っている実践と、ただ言われたから従うのでは、経験の質も作用も違います。

というわけで私はけっこういつも第一章をはりきって解説してしまう方ですね(笑)

同じく第2章の「八支則に入る手前まで」のところを取り上げる事も多い。
じれったい?(笑)

「有名なヨーガの八支則」の話を早く聞きたいという人も多いとは思いますが、“原理”をすっとばして“規則”だけを教えるなんてそんな大味なことしたくないのです。


ーーーーーーーーー


ヴィカルパ」に戻りましょう。

妄想。

言葉によって概念化された空想。


ヴィカルパ」の直接的な解説じゃないですが、先日のそのレクチャーではこんな話に。

なぜ「妄想」には思いを引きつける力があるありのか、あたりの話をしてました。みんな妄想好きですもんね(笑)

そんな中でも、「悲しい」とか「苦しい」などの妄想に感情移入してしまうあたりを、話ておりました。



例えばですが


“悲しいこと”(悲しい状況設定など)

とか

“辛い気持ち”(辛い状況設定など)


などを空想して、長いことそれに浸ってしまうことって往々にしてある事でしょう。

それはある種、そういった空想・妄想は心の作用として

「刺激的で気持ちがいい」

からです。


えええ〜〜〜?

って思うかな。ははは。

悲しい方に考えている浸ったり、苦しい方を考えてしまいぎゅうぎゅうな思いをしたり、

”気持ちよくなんかないよ!”

と言われそうですが、

強い感情の動きが刺激を与えてくれて、交感神経が高ぶって気持ちがいいのです。
だから長くそれを考えていられます。感情体験としてインパクトが大きいので吸着力も高し。


逆に。
一般的にですが、「平和」なイメージとか「調和」のイメージというのは、想像はできても、あんまり長くそのヴィジョンに留まっていられないのではないでしょうか。

何かの拍子にすぐに、

「いやなことを考える」

という方にスイッチしてしまうと思います。

それは、平和的・調和的なイメージにはストーリーとしてのアップダウンが少なくて「興奮するような刺激」が少ないから、とも言えます。

「悲しい」とか「辛い」などを空想していると、五感がフル稼働で刺激され、興奮できて、快楽スイッチが押されて気持ちがいいのです。

表層のマインドは「辛い、悲しい」=「不快」と感じているかもしれないですが、エネルギーとしての本質まで戻ってしまうと、「快」と「不快」というのはどっちも「体験のリアリティを大きくしてくれるもの」という意味で大差ないのです。

快も不快も、好きも嫌いも、

エネルギーの大きさやインパクト、影響力がともに大きいだけで、経験としての「優劣」は本来ないんです。

快も不快も、ただ刺激的なだけです。
大嫌いだったものがある日大好きになったりします。
もともと紙一重なのでひっくり返るのもけっこう簡単。


「調和」や「平和」という波動は、「好き嫌い」が関与しない意識レベルです。

なので、普段の考え方の基準や日常生活での思考パターンが「好き嫌い」に依っている人にとっては、「調和・平和」などのヴィジョンというものはまったく「刺激に欠ける」のですね。なので長くそのイメージに留まれません。

つい、味が濃い、刺激の強い方に行こうとします。

食べ物飲み物や嗜好品への感覚と似てますね。


でもね。

心身が浄化されていくにつれて、自分を満たすものは「感覚機能」で感じることだけではない、ということがリアルになってくると、
刺激性の空想に頼る事がだんだんなくなってきます。

意識レベルが上がって来ると、「興奮」に頼らない調和的なイメージの中に長く留まる事ができます。

そのために日常生活でできることは、平和の波動を“自分から出す”ということを続けて行く事だと思います。

単に人当たりのいい作り笑いとか、場の空気を読んで穏便に運ばせる、
とかじゃなくて、

”みんな仲良し〜”とかそういうことじゃなくて、

何がどうでも、自分自身の中の愛に自己を置いておくこと、だと思います。




師岡絵美里のヨーガ哲学ティーチャーズトレーニング


■日程:2016年 平日コース・初級
2月10日(水)9:10〜15:00 
2月17日(水)9:10〜15:00
2月24日(水)9:10〜12:00

プログラムの内容など詳しくはサイトをご覧ください。
お申し込みも以下のURL内にございます。

http://www.heartmatrix555.com/home/師岡絵美里のヨーガ哲学ティーチャーズトレーニング/





2015年12月9日水曜日




ちいさな光でも

前に進めるのなら

それは偉大な光です


絵・文:師岡絵美里

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2015年12月8日火曜日

バリ島へのいざない vol,2 『スタートの違い』


バリ島へのいざない vol,2

今日は、「スタートの違い」ということを書いてみたいと思います。

日本の街中のスタジオでのヨーガと、
自然が多くある土地でのヨーガの、
「スタートの違い」の話をちょっと。


私も東京で過ごしているので、近代的な社会生活をおくる人々にとって、スタジオでのヨーガクラスがどういった機能を果たしているのかを重々理解していると思います。

ヨーガクラスを受けることで日常的な緊張やこわばり、
エネルギーの溜め込み、滞りが、解放されるんですよね。

運動面でのヨーガは良い意味で「発散」をもたらしてくれるのをよく知っています。

それは解毒でもあり、浄化でもあり、

とにかく日常の社会生活でガチガチになるエネルギーを解放してくれるんです。

自然から離れた場所で過ごす私たちや
多忙でデジタルな日々を送っている人には
そういった「溜まっちゃったものを出す」という時間と内容が必要なんですよね、どうしても。

私だって必要です。
ヨーガじゃなくてもいい、
ただ走るとか、筋トレするとか、
汗かいたりするようなエクササイズでもいいので
エネルギーが凝固しないようにする必要があります。

でもね、ヨーガのクラスを
「溜まったものを流す」
だけで終わらせてしまい、「その後に続くヨーガの秘宝」に触れないのは、もったいないかつ、ヨーガを行ううえでの本望ではないんですよね。

『ヨガで、今日もスッキリ。』
おわり。

で、次の日また何か溜め込んで、
またヨガクラス受けて、
はいすっきり。

ままね、これはこれでいいのですし、ヨガが機能している一側面でもあります。

でも、

それよりも先に、すごいヨーガが待っているのです。

洗浄とか解放とかで1クラス受け終わってしまうのではなく、

その先を体験してほしいなと。

より、濃度の高い恩恵が待っているんです。

なるべく都内のスタジオでやってるクラスでも

洗浄とか解放とかの「その先」を体験にいざなえるように努力はしてます。

それでも都会人、社会人、現代人が心身の中に溜め込んでる日々のエネルギーってすごいし、そうなる社会構造なのもわかるので、
「スッキリ」「さっぱり」だけで終わってもそれはそれでしかたないと言うか、それも大事なのもわかる。


だからね。

だからこそ、1年に一回か2回くらいは、
環境を変えた所で、
自然のあるところに出向いて、
ヨーガをしてほしいと切に思います。

スタートが違う、っていうのはこのことで、

自然があったり、
数日でも「日常」に戻らなくていい時間が確保されていると
すでに浄化や解放が起こった状態でそこにいられるので

「その先のヨーガ」へと進むことができます。

ヨーガで体得できる学びや、自己への理解がごく自然に高まるのです。

なのでバリ島に誘っています。

本当にいいですよ。

バリ島での数日間は、「すっきり」の先にある、

「深くて大事なもの」を味わっていただけたらと思います。




現在早割価格でのご案内になっています。

 師岡絵美里のスピリチュアルヨーガリトリートinバリ





■Detail
日程:2016年3月13日〜18日(5泊6日)
場所:バリ島・ウブド
講師:師岡絵美里 
アシスタント講師:鈴木正村
参加費用:110,000円 早割期間延長しました!2016年1月15日(20:00)まで早割100,000円にて受付中